今宵、幾億の星の下で

誘惑

「あなたに見せたいものがある。来てくれないか」

拓馬が連れて来たのは別荘の裏手にある、街を見下ろせる小高い丘だった。

ベンチもあり、二人は並んで座る。

「お気に入りの場所なんだ」
「わあ……!」

玲は感嘆の声を漏らした。
黒い空に一面に散らばる、宝石のような星。
美しい夜の空だった。

「すごい……!星が、こんなに近いなんて」

手を伸ばせば星が掴めるような、そんか気持ちになる。
風の音、虫の声。
他に聞こえ感じるのは、それだけだった。

「君は泣き叫ぶことができないんだろう。というより、泣くことを赦されない。泣いても周囲は無感情。そんな環境にいたんじゃないのか?」

驚いて拓馬に顔を向けると微笑を浮かべている。

「おれと君はどこか似ている。そんな気がしただけだ。……何度も云うが、君は悪くない」

自分が悪いことをしたから、フラれた。

それは相手が理由を他人のせいにした方が、楽だからだ。


拓馬の言葉に心が救われ、軽くなる。


「おれの山だから誰もこない。たまに籠って過ごしてる。気楽だからな」
「……奥さまにも内緒ですか?」


意地の悪い質問だった。
拓馬に甘えている。
返答は期待していなかった玲が空を見上げると、星が輝いている。


「気持ちいい……。うらやましいです、こんな場所を独り占めだなんて。ありがとう、勝倉さん。元気がでてきました」


笑顔で拓馬を見ると、じっと玲を見つめている。
胸がドキリと音をたてた。

「拓馬です。玲さん」

拓馬の腕が玲の肩に回る。
顔が近づき、そのまま二人の影が重なった。

玲は拒絶しなかった。


「悪い人ね、女を引っ張りこんで……」
「悪いのはあの宝石だ。おれも君も、まったく迷惑な話だな」


軽口を叩く拓馬の口調は迷惑とは対局のものである。
玲には何もないし、拓馬もまた思うところはあったのだろう。

お互いの熱を、呼吸を。
手、体、唇で何度も確かめ合う。

幾千幾万の星々だけが、二人を無言で見下ろしていた。

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