今宵、幾億の星の下で
勝倉 拓馬

偶然

「これは驚いた」

男の声が聞こえ、玲の元へ歩みよる。
市毛支店長がうやうやしく、頭を下げる。

「勝倉オーナー。『フェレース・スコンベル』は、お客さまがお気に入りです。外れません」


動揺する玲を見定めるように見つめ、顎を撫でる。


「なるほど。それはちょうどいい。お客さま、私と一緒に来ていただけませんか。詳しくは、そこでお話しますので」

「!?」

動揺する玲を問答無用で連れだし、車の後部座席に押し込むように乗せ、拓馬は隣に並ぶと車は走り出した。

名刺を取りだすと玲に渡す。

「勝倉宝石 取締役社長……」
「今夜は旗艦店のオープン日でね。目玉たとなる宝石は、もう準備はしてあるんだが」

玲が身に付けたままの宝石。
こちらも持って行きたかったのだという。


「それなら、すぐに外しますから……!」
「自分で外す?外れないんだろう?金具が壊れたら、弁償してもらうが」

玲の手が止まり、拓馬は冷静に話しかける。

「あなたは、そうは思っていないのかもしれないが、とても似合っている。だから参加してほしい。正直、身につけられるモデルがいなくて困っていたんだ。……頼む」


拓馬の瞳と口調は優しかった。
左手の薬指にはシルバーの指輪が光っている。

それを見たとたんに、水を注されたように沸き立つ心がすっと冷静になる。
もちろんすべてではないが、なんとなく感じとってしまった。

美術品クラスの宝石のモデルがいない。

それは伴侶に付けさせても、問題ないはずなのに、そうではない。
聞きかじりだが確か高倉拓馬の奥方は、公に姿を現さない人物だと……。

「あなたは肥料を一方的にあげすぎたみたいですね、大切なお花に」
「……?」

拓馬は不思議そうに玲を見る。

「わかりました。御披露目、お受けします。でも、わたしは一般人ですから、顔や身元はわからないようにお願いできますか」


車は都心へ向け進んでいる。





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