天敵御曹司はひたむき秘書を一途な愛で離さない
仲直り
 玄関のドアがバタンと閉まる音を聞いて穂乃果は拓巳の胸に飛び込んだ。
 自分勝手なことをしていることはわかっていても、胸の衝動を止めることはできなかった。もしかしたらすべて無駄なことなのかもしれない。彼に気持ちを伝えたところでふたりの出生は変わらないのだから。でも言わずにはいられなかった。
「好きです、拓巳さん! 愛してます」
 一日中働いてオフィスの空気感が残る彼のシャツに、穂乃果はありったけの想いを吐き出した。
「好きじゃないなんて、嘘なんです! 拓巳さんが、好き、好き、大好き……!」
「穂乃果」
 彼が戸惑っているのが空気を通して伝わってくる。なにを今更と思われているのだとしても止めることができなかった。
 電話で穂乃果の異変を察知した彼に、どこにいるのかと尋ねられ穂乃果は伝えた。すると彼は自ら運転する車で迎えに来てくれたのだ。
 泣きじゃくり詳しい事情を話せない穂乃果を、そのまま車に乗せてマンションまで連れてきてくれたのだ。
「嘘をついてごめんなさい、もう遅いかもしれないけど、それでも、私……!」
 彼のシャツを握り締めて穂乃果が言うと、力強く抱きしめられた。
「穂乃果……。大丈夫、大丈夫だから。俺は穂乃果を愛してる。それはいつまでも変わらない」
 その言葉に安堵して彼を見上げると、上司ではないあの眼差しが優しく穂乃果を見つめている。
 その瞳がゆっくりと近づいて……。
「ん……」
 重なり合った唇は本当なら涙に濡れてしょっぱいはずなのに、穂乃果にはこれ以上ないくらい甘く感じた。
 久しぶりの彼の温もりが穂乃果の中を満たしていく。
 別れてから抱いていた、空虚な思いと物足りなさをあっというまに吹き飛ばした。
 ようやく穂乃果は確信する。彼のそばが自分の生きる場所なのだ。どう抗おうとそれは絶対に変わらない。
 そしてそのためになら、どんな困難も乗り越えると決意する。
「なにがあったんだ。心配するじゃないか」
 口づけを解いて額と額をくっつけたまま、拓巳が穂乃果に問いかける。
 穂乃果は少し考えてからそれに答えた。
「お見合いをしろと言われたんです。それで……家を出てきちゃったんです」
 とりあえず直接の原因を口すると、拓巳が納得して頷いた。
「私、それでわかったんです」
 穂乃果は彼に訴えた。
「私、絶対に拓巳さん以外は嫌だって。他の人と結婚したって幸せになんてなれないって」
 拓巳の手が穂乃果の頭を優しく撫でた。
「俺も一緒だ。穂乃果以外は考えられないよ」
 その言葉に穂乃果の胸は温かくなる。でも同時に少しの不安がまた顔を出した。互いの気持ちを確かめ合えたのは嬉しいけれど、それではただ振り出しに戻っただけ。ふたりが抱える問題はなにも解決していないのだ。
 穂乃果の秘密をきちんと話をして、一緒に乗り越えてほしいと彼にお願いする必要がある。
「拓巳さん、私の話を聞いてくれますか?」
 今この勢いのまま言ってしまおう。
 穂乃果は決意を込めて彼を見つめる。
 拓巳がそれに力強く答えた。
「ああ、大丈夫だ。話してくれ」
「私……」
 でもそこで玄関の脇に置かれているスーツケースが目に入り、穂乃果の頭がスッと冷えた。おそらくは明日からの北海道出張のため荷物だ。
 そうだ彼と自分は明日から、会社の新しい可能性を探るための大切な旅に出る。
 今日はその前夜なのだ。直前に、穂乃果の個人的な問題をぶつけていいのだろうか。口を噤み考え込む穂乃果に拓巳が首を傾げた。
「穂乃果?」
「……北海道から、帰ってきてからにします」
 スーツケースを見つめたまま穂乃果は言う。
 拓巳がそれに異を唱えた。
「穂乃果……」
「拓巳さん」
 穂乃果は彼に視線を戻した。
「今は、北海道出張に集中しましょう」
「だが……」
「私、拓巳さんを恋人として愛していますけど、上司としての拓巳さんを尊敬してもいるんです。明日からの出張が会社の未来にとって重要な案件だということも知っています。拓巳さんには余計なことは考えずに北海道へ行ってほしいんです」
 ふたりの間にある問題はすぐにどいこうなるものでもない。帰ってきてからでも遅くはないだろう。
「私、拓巳さんが秘書に指名してくれたこととても嬉しいんです。だからもっとあなたの役に立ちたい。この仕事をまっとうしたいんです。私の話は出張が終わったら必ずきちんとお話しします。もう逃げません」
 決意を込めてそう言うと、拓巳は少し考えて息を吐いて頷いた。
「君らしい。さすが二ノ宮穂乃果だな」
 大きな手が穂乃果の頭をポンポンとした。
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