天敵御曹司はひたむき秘書を一途な愛で離さない
帰り道
 満月がふたりを祝福するように照らす夜道を穂乃果は拓巳と手を繋いで歩いている。兄が出ていった後、両親と食卓を囲んだ。
 拓巳は父にたくさん酒を進められて飲んでいた。ふたりがすっかり打ち解けた後、酔っ払った兄が帰ってきたのだ。
 仕事がまだあるといって言っていたくせにと穂乃果は呆れ返ってしまったが、意外にもそこからは和やかにことが進んだ。
 もともと拓巳の和馬は同い年、同じ業界の同じような立場にいるのだ。話題には事欠かない。すっかり意気投合したようだ。
 最後には『穂乃果の相手なんだ。このくらいの男でないとダメだと俺ははじめから思っていた』などと言うものだから、家族皆、声をあげて笑ってしまったくらいだった。
 そして電車で帰る拓巳に穂乃果を押し付けたのだ。
『外泊禁止も門限も、今日限り撤廃だ』
 どちらも兄だけが言っていた話なのだが、それに拓巳が『じゃあ、遠慮なく。連れて帰らせていただきます』と応えて、ふたり拓巳のマンションへ向かっている。
「今日はありがとうございました」
 穂乃果が彼を見上げてそう言うと、拓巳が微笑んだ。
「こちらこそ、お兄さんにも認めてもらえて安心したよ」
「恥ずかしいところたくさん見せちゃいました。まさか泣くなんて……すみません」
 穂乃果は頬を染めた。あれ以上ないくらいの醜態を晒してしまったと思う。
 拓巳が首を横に振った。
「いや、感動したよ。大切にされてたんだなって。そして君が、はじめ俺を受け入れられなかった理由がわかったよ」
「え……?」
 少し意外なことを言う拓巳に穂乃果は首を傾げた。
 穂乃果が拓巳を受け入れられなかったのは、獅子王不動産は宿命のライバルだと兄に言われ続けていたからだが……。
「大好きなお兄さんの言葉だったから、穂乃果は約束を守ろうとしたんじゃないか?」
 拓巳はそう言って優しい眼差しを穂乃果に送った。
「お兄ちゃんの言葉だったから……」
 穂乃果は呟きながらその言葉を反芻する。その通りだった。
 今から考えても獅子王不動産について父と母は特になにも言わなかった。穂乃果の方も意見を求めたりはしなかった。
 穂乃果にとってはいつもそばにいて見守ってくれた兄がどう考えるかの方が遥かに重要だったからだ。
「……そう、だと思います」
 いい年した大人が兄の言うことに振り回されてちっとも冷静に考えられていなかったのが恥ずかしい。でもそのくらい穂乃果にとって兄は大切な存在だったのだ。その兄に結婚を認めてもらえたことが嬉しかった。
「ふふふ、拓巳さんありがとうございます」
 繋いだ手をしっかり握り穂乃果は拓巳にを見上げる。
 満月を背に拓巳がにっこりと微笑んだ。
「さあ、うちへ帰ろう」
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