もふもふ、はじめました。
 我慢出来なくて、家までの道を走り出した。

 マンションの前の長身の人影を見つけて、吉住課長だって認識した瞬間抱きついた。思い切り抱き返されてやっぱり涙が出そうになって、なんとか外ではと堪えた。

「千世! どこに行っていたんだ。あー……どこに居たのか、わかった、何も言わなくても良い」

 彼もさっき一緒に居た岸くんの匂いを、嗅ぎつけたのだろう。少しうんざりしたみたいに、言った。

「何も聞かずに、急に飛び出してごめんなさい。でも、どうしても嫌だったんです」

「千世、本当に悪かった。あいつは甘やかされて育ったから……人の気持ちが分からないんだ。僕は親戚だからある程度は許容していたが、今日千世に言った言葉は、到底許せるものじゃないよな。本当にごめん。全部嘘だから気にしなくて良い」

 吉住課長は私の頭を宥めるように撫でると、つらそうに笑った。

「部屋に入ろう。ここでは目立つから」

 私はじっとその黒い目を見つめながら、ゆっくりと頷いた。

「……岸くんには駅で偶然会ったんです。連絡した訳じゃないですよ」

 部屋に入ってベッドの上に座ると私はなんとなく、ちゃんと説明しておこうと思って言った。

 吉住課長はそんな私の顎を持ち上向かせると、何も言わずに触れるだけのキスをする。

「千世はそんなことをしないって、ちゃんとわかっている。あいつも、自分の立場はわきまえているだろうしな……」

 どこか遠い目をして彼はそう独り言を言うと、私を押し倒しながら、体を擦り付けた。

「それでも、岸の匂いがついているとなんかムカつくな」

 間近で機嫌の悪そうな顔になると、私のほっぺに軽く噛み付いた。

「……じゃあ、吉住課長の匂いで。私を、いっぱいにしてください」

 片眉を上げると、彼は挑戦的に笑う。
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