もふもふ、はじめました。
 自分でも、びっくりしてしまうくらいの掠れた声が出た。

 もしかして、隣の課の物凄く優秀だという獣人の課長ではないだろうか。私の周りで黒猫の獣人なんて、その人しか思いつかない。とにかくすごく美しい顔で人気があるんだけど、本人はツレない態度で異性からの誘いは社内では受けたことがないとかなんとか。

 いや、でも、別の黒猫獣人かもしれない、その可能性のほうが高い。

 ゆっくりと体を離して自分の体をチェックする。下着は……上下とも着ている。右足に巻きついている長い尾も、そっと外して部屋の中を眺めた。

 ここは……吉住課長? の部屋かな。

 ワンピースとペチコートは近くのクローゼットの前でハンガーに掛けられていた。バッグもその下にある。

 逃げよう。

 よく寝入っている大きな黒猫の隣で私はそう決意した。

 もしかしたら隣の課の課長と朝チュンなんて、絶対気まずい!

 サッと立ち上がると、少し目眩がした。

 やっぱり昨夜、飲み過ぎたみたい。どうにかこうにかデート用のワンピースを着込むと一度だけ、眠る黒猫の方を振り返ってごめんなさい、ありがとうの意味で手を合わせてから、鏡も見ずにドアへと向かった。
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