もふもふ、はじめました。
 成沢というと、絵里の苗字だ。庶務課には何かと書類を持っていくことがあるから、その時に岸くんに会ったのかもしれない。

「絵里のところで、働いていたんだね」

 東堂商事の新人は入社してすぐはいくつかの課をたらい回しになる運命にある。その中の一つが、庶務課だったんだろう。

「あ、あのっ……それで成沢さんに、如月さんが彼氏と別れたって聞いて……それで僕、恋人に立候補したいんです」

 真摯な黒目がちの目は、まっすぐに私を見つめている。

「で、でも、岸くん私のこと何も、知らないよね……?」

 戸惑いながら言った私に岸くんは正座した膝の上に手を置いて、勢い込みながら言った。

 「……その、こんなこと言ったら引かれるかもしれないんですけど、獣人の本能というか……如月さんの匂いが僕、とても好きで……一度嗅いでから忘れられないんです。この部屋に来て、上がったらダメだってわかっていたんですけど、如月さんの匂いをもっと嗅ぎたくて……ごめんなさい。突然こんなこと言ったらダメだってわかっているんです。でも、貴女が誰かの物になると思ったら居てもたってもいられないんです。お願いします。僕のこと、少しだけでも考えてもらえませんか……?」

 私はそのひたむきな言葉を、ただただ信じられない思いで聞いていた。
< 31 / 120 >

この作品をシェア

pagetop