もふもふ、はじめました。

突然の冷水

「あれ?」

 課長が帰ってしまい、しばらく惚けて何もせずにぼーっとしていたんだけど、今日はシーツでも洗おうかなとベッドに行ったら、課長のネクタイを発見した。

 そういえば、昨日ネクタイをベッドで外してたなぁ。

 その他は脱衣所で脱いで獣化してくれたんだけど、ネクタイはそのまま忘れて行ってしまったみたいだ。

 どうしようかな、もしかしたら大事なものかもしれないし、一応連絡しておいた方が良いのかもしれない。

 昨日、充電したままにしていたスマートフォンを手に取った。

 手帳型のカバーの内側には、この前のピンク色の付箋が貼り付けてある。

 吉住課長の几帳面そうな文字を、そっと指で触りながら、慎重に番号を入力していく。

 無機質な呼び出し音が鳴る。

 ドキドキと高鳴る胸を押さえた。

「あ、あの、吉住課長。如月です。あの……実は……」

 勢い込んで話し出した私に、冷や水を浴びせるような冷たい声が返ってきた。

「貴女、誰?」

 少し高めの、女の人の声だ。しまった。もしかしたら、番号を間違ってしまったのかもしれない。じわっと滲みそうな汗。

「え? あ、すみません。吉住さんの携帯では、ありませんか?」

「……そうだけど、薫は今お風呂に行っているわ……もう掛けて来ないでね」

 私が返事を返す前に、すぐにツーツーと電話の切れた音がする。

 かおる。確かに吉住課長のフルネームは吉住薫……だったはず。え? ええ? 部屋に女の人?

 何か、誤解があったかもしれない、と思ってもう一度番号を確認してかけ直したけど、繋がらない。

 ……え? もしかして、着信拒否された?

 さっきまでの浮かれた気持ちが嘘みたいに、ひやりとした空気が私を冷やしていく。
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