家出少女と恋愛小説家
家出少女と恋愛小説家
 高校3年生の夏、中尾志保美は家出をした。ケータイは家に置いてきた。誰とも連絡は取れないし、取りたくもなかったからだ。家出をしてから2日間は、なけなしのお小遣いで食いつなぎ、歩いてたどり着いた馴染みのないどこかの公園で野宿をした。3日目の夜。あいにくの大雨で、志保美はタコの遊具の中で寒さに身体を震わせていた。雨は容赦なく遊具の中に入り、志保美の凍えた身体を濡らした。

 パシャ、パシャ、とこの大雨の中で足音が近づいてくるのが聞こえた。その足音は明らかにこちらに向かって来ている。志保美は体育座りした身を固くした。

「なあ君、こんなところで何をしてるんだ?」

 その足音の主は、低い男の声で志保美に話し掛けてきた。その声にビクリと身体が震えた。警察か?補導される?それとも変質者?

 タバコの匂いで警察ではないことは分かった。男は身を屈めて遊具の中を覗き込んでいるようだったが、顔を上げることもできずただじっと黙っていると、男はさらに言葉を続けた。

「君、いくつ?」

「18、ですけど…」

「そうか」

 男はそう言って、何か思案しているようだった。

「家来るか?こんなところじゃ風邪引くぞ」 

 怪しさ満点ではあるが、こんなところで冷たく打ち付ける雨に耐えて夜を過ごすよりはマシかもしれない。志保美は男が差し出した傘を受け取った。

 降りしきる雨の中、志保美は男の後ろを2メートルほど距離を置いてついていった。男は甚平を身にまとい、この雨だというのに下駄を履いていた。足元はびしゃびしゃに濡れているのだが、気にしている様子はない。黒い傘越しに紫煙がくゆるのが見える。志保美は明らかに怪しい男の家に行こうとしている。男によからぬことをされるのではないかという不安半分、屋根のある場所に身を置けるという安心半分の気持ちを携えて男の背中を追った。
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