愛のアンフォルメル

菫さんの横を通り抜けようとして、彼にそのまま手首を掴まれてしまう。
はっと顔を上げて菫さんを見上げる。

彼の瞳が私を綺麗に映し出していた。
言いようのない嬉しさと気恥ずかしさがこみ上がり、私はふいと視線を逸らした。

どくどくと鼓動が早鐘を打つ。
菫さんの纏う蠱惑的な魔力に取り込まれてしまいそうで、私は必死に彼の手を振り払った。

そして、脱兎の如く綺田家から飛び出したのだった。
後ろは一切振り返らなかった。


その日から、私は誰とも会うことなく実家の自室でじっと膝を抱えていた。
鬱々とした私の様子に家族は首を傾げるばかり。

流石に二十三歳になった娘にとやかく聞くことはないようで、私は存分に一人で落ち込むことが出来た。

そして、地元の夏祭りの日がやって来た。
当然ながら私は遊びに行く気分になれていない。

家族は私を置いて出かけていった。
それがきっと運命の境目だったのだろう。

『ピンポーン』

実家のインターフォンが鳴る。
私は気だるげに寝台から身体を起こし、玄関へと向かった。

ガチャリと扉を開けると、そこには今一番会いたくない人物が立っていた。

「どうして……」

「凛ちゃん、この前はごめんね」

気まずいだろうに、そんな様子を微塵も感じさせない菫さんがそこにいた。

「菫さんが謝るようなことじゃないでしょう?」

今の私はちゃんと笑えているのだろうか。
相変わらず視線を合わせられないまま、髪を耳にかけようとした。

そのとき、菫さんの手が伸びてきて私の手を包み込む。
彼の手が私の頬を、髪を、流れるように撫で、息をのんだ。

「……っ!」

心なしか、菫さんの瞳が切なそうに揺らいでいるように見えた。
いいや、そんなはずがないのだ。

だって、彼は――――。
< 5 / 11 >

この作品をシェア

pagetop