ヴァッサーゴの隻眼『雨の日の来訪者』
雨の夜

 ベッドの上で何度も何度も寝返りを繰り返しているうちに、いい加減自分の行動にウンザリしてきた。

 眠れないのに寝ようと頑張るのは不毛だ。そして意外にストレスがかかる。

 無理なもんは無理。

 幸い明日は日曜日だし、大学も館長もお休みの日(成瀬さんは出勤だけど)だ。もうこうなったら……眠くなるまでとことん起きてるしかない!

 今度は「開き直ろう!」と頑張ってみる? 事にした私は、ベッドを降りた。

 施設の時の部屋と違って、ここにはルームメイトもいない。二段ベッドが部屋の半分を占拠してる訳でもない。

 広々としていかにも“お嬢様のお部屋”という部屋。

 眠れない夜に友達とお喋りを楽しんだ小さな四畳半とは訳が違う。

 なんだか少しだけ……寂しい気分になった。

 昼間からずっと止まない雨は、弱いリズムを延々と繰り返している。

 しとしと……雨の音。

 じっとりとした、肌に触れる重い空気。

 広い部屋に一人でいると、寂しさとは似て非なるネガティブ思考に悩まされた。

 ――怖い
 ……まさか、この私が?

 雨の音に混じって小さな声が聞こえた気がして私は窓に向く。

 誰かなんて居るはずない。

 カーテンを開けても暗い夜しか見えない。

 だけど、窓の向こうに何かがあるようなこの変な感じが……とても気味が悪かった。

 こんな事を思うのは昼間会ってしまった幽霊のせいだ、きっと。

 水が滴る程濡れた姿。俯いて見えない顔……更にそれを隠すような長い髪。低い声は酷く気怠そうだった。 


 幽霊を見たのは初めてじゃなかった。

 そういう体質なのか、私は昔からよく“生きていない人”を見ていたから。

 学校でも街中でも。私にはその人たちが普通の人と同じ様に見える。ただ少しだけ影や輪郭が薄く見えるから、自分とは違うのだと区別出来ただけ。

 うっかりすると気が付かずに接してしまい、その度に他人には気味悪がられた。

 そんな事を十数年繰り返してきたんだし。
 幽霊なんて実は慣れっこ。

「……のはず、なんだけどなぁ……」

 今日見たあの人は強烈だった。

 あんなのは初めてで。今もしっかり思い出せるくらい。

 五感に訴えてくる存在の強さは、下手したら影薄く生きてる人間よりも上。

 彼女が(まと)っていた濡れた土の匂いとか、低い声と共に吐き出される息遣いとか……全部がリアルに、耳と鼻と目に残ってる。

 部屋を出て私はキッチンに向かう事にした。

 何か飲もう……。あたたかいものを飲んで鮮烈なネガティブイメージが弱まれば、眠気も諦めて出て来てくれるかもしれない。
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