甘い支配の始まり《マンガ原作賞優秀作品》
「旅行から帰ったら花園さんの方に行けよ、壱」
「わかってる」
「じゃあ、明日から気をつけて楽しんできてね」
「ありがとうございます。たくさんごちそうさまでした。おやすみなさい」
「「おやすみ」」
壱と外に出ると駅前は来たときよりも人が多いようだった。
「お参りの人たちかな」
「だろうな…寒いっ。紫乃、引っつけ」
キーンと冷えた夜の空気の中で互いのダウンコートのモコモコの腕を絡め押しくらまんじゅうのように体を寄せ合い歩く。
「私…長谷川なんだなぁって思ったよ、今日」
「俺の紫乃だからな」
「ふふっ…」
「俺は親孝行したと思った」
「親孝行?」
「そう、親孝行。紫乃を父さんたちの娘にしたのは俺。すげぇ親孝行だろ?」
街灯に照らされる壱の顔を見上げると、彼が見たことのないような穏やかな顔をしていたからとても幸せな気分になった。
「寒いけどぽかぽか。ありがとう、壱」
そう言った私の額にチュッっと冷たい唇が落ちてきた。