雨上がりの景色を夢見て

side 高梨兄妹

助手席で眠る雛の姿を見て、赤信号が青信号に変わるのを待つ。

後部座席から、自分のジャケットを手を伸ばして掴み、雛の膝の上にかけた。

今日、賢さんのお店でお手洗いに行った時に、賢さんに呼び止められた事を思い出す。

『えっと、夏樹くん…であってたかな?』

『はい』

手をハンカチで拭いてお手洗いを出ると、俺に仁さんそっくりな声と穏やかな表情で声をかけてきた賢さん。

『雛ちゃんの事、よろしく頼みます』

『あっ、はい』

突然のかしこまった言葉に、一瞬戸惑ってしまった。

『雛ちゃんの表情が、以前来た時よりも柔らかくなったのは、夏樹くんのおかげなんだろうな』

『…いえ…。雛さん自身が色々乗り越えて、強くなったからだと思います』

そう答えると、賢さんは、ふっと笑った。

『乗り越えられたのは、後ろに夏樹くんがいてくれたからなんじゃないかな。たぶん…今までの雛ちゃんは、孤独だったと思うから。1人じゃ踏み出せない一歩ってあるからね』

賢さんの言葉に、俺は妙に納得した。

確かに、昨年の夏頃まで、雛はあんなに華奢な体で、孤独と罪悪感に押しつぶされそうな、ギリギリのところにいた。

『俺や兄貴は、見守る事しかできなかったけど、夏樹くんは、雛ちゃんの中に踏み込んで行ってくれたんだね。ありがとう』

お礼を言われて、俺の胸が、じわじわと温かくなってくるのがわかった。





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