サクラ、咲く



上松さんに手を振ったあと、自宅で夕飯を済ませた私は


髪を巻いて珍しくスカートを履いた

仕上げは普段より高いヒールを履いて
夜の街へと繰り出していた


折角の金曜日なのに・・・

てか、折角って使うべきなの?


到着したのは


【Moon】


最近お気に入りの夜景が見えるBAR


「サクラちゃん、いらっしゃい」


兄と来た時に名乗って以降
ロマンスグレーのバーテンダー安賀さんは


“ちゃん”付けで名前を呼んでくれる


「お久しぶりです」


「いつもので良い?」


「はい」


安賀さん越しに見える夜景は
いつも通り綺麗で揺らめいて

心を少し穏やかにしてくれる


「どうぞ」


目の前に出された桜色のカクテルに
ちょっぴり泣きたくなった


甘酸っぱい味のカクテル[サクラ]は
私の名前を聞いて安賀さんが作ってくれたもの


Moonに来た時は必ず一杯目に注文するお気に入りになった


「ちょっと聞いて良いかな?」


お酒を作った後も珍しく目の前から離れない安賀さんは


「ん?」


「サクラちゃんって、もしかして橘の先生?」


初めて私に踏み込んできた

嫌な予感がする


「・・・それが?」


“違う”と否定しなかった自分を次の瞬間、心底後悔することになった


「ある人がご執心って耳にしてさ」


・・・ハァ


この街って、こんなに小さかったっけ?


ただの噂話がこんなところまで広がる?


「チェックして」


「・・・なんか、嫌なこと聞いたかな」


安賀さんはなにも悪くないのに


「気分が悪いから帰る」


優しい言葉を使えないほど動揺していた


「ごめん、じゃあ、今夜は僕の奢り」


「聞こえなかった?チェックしてって言ったのよ?」


「・・・サクラちゃん」


もう此処にも来ない


緩みかけた気持ちを戻して


お洒落した自分にため息を吐いた










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