サクラ、咲く


「今日は危ないから近くまで送らせて貰えないかな」


言ってる意味が理解できない


「徒歩五分、危なくない」


どこまでも可愛らしげのない私は
「サヨナラ」と安賀さんに手を振った


エレベーターで一階まで降りて
外に出た途端に

さっきまでの自分の態度を後悔した


「ねぇ、行こう」
「チョー可愛い」
「スッゲー楽しい店知ってる」


見るからにチャラそうな男達に囲まれてしまった


こういう場合ってどんなキャラが効果的だったんだろ


頭が正常に働いたのはここまで


急に強く腕が引かれて
誰かの腕の中に抱き込まれてしまった


「散れ」


頭の上から聞こえた声に、それが誰なのか分かった


「あ、っ、失礼しましたっ」
「知らなくて、つい」
「そんなつもり全然無いっす」


次々と聞こえたチャラ男達の声に合わせるように


バタバタと遠ざかる足音


そして・・・
少し身体を離された瞬間


「テメェ、なんて格好してやがる」


降ってきたのは不機嫌な声だった


色付く街で会ったトキは
漆黒のスーツに身を包み

夜を背負う闇のような目をしていた


「言ってる意味が分からない」


“なんて格好”って私のこと?


自分の姿を確認するように視線を下げてみたけれど


いつもより少しお洒落をしただけの
基本的なものは何も変わらない私が見えただけだった


「チッ」


舌打ちまでされるとは思わなくて
助けて貰ったとはいえ、なんだかムカついた


それでも、此処で言い合う訳にはいかない


学校や病院よりもギャラリーに囲まれている状況に頭を抱えたくなった


「助けてくれてありがとう、じゃ」


トキの脇をすり抜けて
駆け出そうとした私は


「待て」


強く腕を掴まれたことで足止めされた


「なに」


「送ってやる」


「徒歩五分」


「チッ」


安賀さんといいトキといい
僅かな距離を送ろうとするのは
実は迷惑だって教えた方が良い?


呑気なことを考えていた私は



結局トキに送られたことで



東の街の有名人になってしまったことを



知らない










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