サクラ、咲く



院長の奥さんは私が幼い頃に亡くなった

それから、弱った院長を支え続けた、その当時の看護師長と仲睦まじく暮らしているらしい


“最愛”らしい看護師長も定年で現場を離れたから
そろそろ院長も代替わりじゃないかって院内に噂が出ていたりする


それで、さっきの
院長の息子との縁談話が持ち上がり始めたってこと?


なんと息子が三人もいる橘家は

40歳の長男が外科部長、37歳の二男が経理部長、間があいて三男が内科医と錚々たるメンバーが揃っている


私と結婚させようとしているのは三男の、今年30歳になる岳也《たけや》先生

兄と同級生で仲が良いことは知っている

とにかくお年寄りに人気だから
そのうち誰かが持ってきたお見合い話が実を結んでくれれば言うことなし、なんて都合良く考えている


てか、医者の家系とか
うちだけで充分なんですけど・・・

言わないけど


最速のワイパーを眺めること十数分

校門に守衛まで立つ東白学園に到着した

・・・懐かしい

乗り心地の良い高級車は
慣れたように来客用駐車場の奥の
屋根付きの場所に止まった


「ありがとうございました」


「おっ、お礼も言える良い女になったのか」


「社会人の常識です」


「クッ、そうか」


可愛らしげもない大きめの傘をさしながら降りると


理事長が迎えに出て来ていた


「おはようございます」


とりあえず丁寧に挨拶した私と真逆で


「チャチャっと済ませれば良いんだぞ」


適当男はケラケラと笑って
強引に私の傘の中に入ってきた


「ちょ、濡れるじゃない」


「硬いこと言うなよ〜、こんなデカい傘さして
俺を誘ってんだろーが」


「は?なにそれ」


本当なら頭が沸いてんのかと続けたかったのに

理事長の前だからと飲み込んだ


そんな私を見下ろしながら


「良い女になってんのになぁ」


院長はそう呟いて、私の手から傘を奪うと肩を抱いて歩き始めた


「ちょ、な、セクハラ」


「父娘にセクハラなんかねぇ!」


「朝から仲良しで羨ましいです」





・・・ハァ









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