サクラ、咲く



歯科の診察台と違って
専用ライトもない保健室


普段なら十分明るい室内も
歯科検診には適さない


壁際に三台あるベッドを使って
覗き込む形での検診は疲れる


「はい、次」


「三年C組、林樹紀哉」


生徒に名乗らせた上松さんが本人確認を済ませて、記入するのに合わせて


「口を開けて」


ザッと歯と歯肉をチェックした後
一本ずつ診ていく


「右上から1234CO、56・・・C・・・」


何も痛いことなんてしないのに
口を開けた途端に皆んな全身に力が入る


どんだけ嫌われてんのよ


歯科嫌いは大人になったから平気なんてことはなくて

治療途中で来なくなったり

応援しないと頑張れないお年寄りだっている


中には治療中に暴言を吐いてきたり
指を噛んでくる患者もいたりして


中々厳しい環境だと思う


「立川先生っ」


「へ?」


「大丈夫ですか〜?ボンヤリしてましたよ?」


「あ、うん、平気」


一度腰を伸ばして「次」と呼びかけると


仕切られたカーテンから
不機嫌そうな男子生徒が現れた


「3D、堂本翔樹《どうもととき》」


ぶっきらぼうに名前を言ってベッドに寝たんだけど
足を壁につけても頭が落ちそうだ


「膝、曲げてみましょうかぁ」


「・・・?」


ワントーン声が上がった上松さんに驚いて彼女を見ると


「はい、大丈夫ですかぁ?」
「此処に頭を乗せて下さいねぇ」
「もうちょい、下、かなぁ」


やたらと身体に触れているし
甲斐甲斐しく見せながらもアザとさが隠れていない


・・・もしかして狙ってる?


しかも高校生を?


面白い展開しか想像できない私に


「オイッ」


低い声が打つかった

反射的に声の主に目を向けた、刹那

鼓動がひとつ

強く打った



「・・・なに」


「早くしろよ」


「・・・口開けて」








今日の私はどうかしている



今の感覚は・・・
大好きな彼と一緒に過ごした日に似ている



そんなことを思ってしまった






彼が逝ってしまった日みたいな

土砂降りの雨の所為で












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