愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)
気分を変えようと大きく息をつき、シャーリィは天蓋から下がる紗幕を引き開ける。
途端、かぐわしい香りが押し寄せてきた。それは、部屋中、至る所に並べられた花瓶から漂う、花の香り。シャーリィの私室は常に季節の花で満ち溢れている。
ぼんやりとその花を眺めていたシャーリィの胸が、次の瞬間ツキンと痛んだ。
花瓶に活けられた花の中には彼女の思い出に刻まれた花もいくつかある。それはかつて、彼女の騎士から捧げられた花。今はもう彼女のそばを離れてしまった彼の、思い出の……。
(リアン……)
シャーリィは裸足のまま床に降り、そっと思い出の花に触れる。
彼が去って、二週間近く経った。今日にはもう、彼の後を引き継ぐ、新たな親衛隊員が着任してくる。
その新たな騎士と顔を合わせるのが、シャーリィには正直、苦痛だった。
(どうせまた、同じことになるんだわ)
彼女の騎士は、誰もが皆、同じ道を辿る。
初めて会った王女に見惚れ、熱烈に愛を告げ、彼女を守ることに喜びを見出す。
だが、それは初めのうちだけ。
やがて彼らは片恋の苦しみに顔を歪ませ、彼女の元を去っていく。
それをシャーリィはどうすることもできない。そもそも彼らにどう接していったら良いのか、それさえ彼女には分からないでいる。
(彼らが愛してくれるように、私も愛してあげられたらいいのに……)
そこまで考え、シャーリィは首を振った。
(いいえ、これじゃだめだわ。これではまた、繰り返してしまう。『愛してあげられたら』じゃ、だめなんだわ。お兄様の言うように、恐がらずに、躊躇わずにいかないと。『恋じゃないかもしれない』なんてセーブをかけないで、好意を感じたなら素直にそれを育てていけば、いつか恋になるのかもしれない……)
恋をするのはまだ少し恐い。だが向けられる愛に応えられず、相手を傷つけてばかりいる日々も、彼女にとっては苦痛だった。
(大丈夫。今からだって、遅くないわよね。これから出会う誰かを、好きになれるかもしれない。それに片恋姫だって、所詮はただのジンクスだもの。必ずそうなるというわけじゃないわ)
自分に言い聞かせながら、シャーリィは虚空を睨み据える。まるで、目に見えぬ運命に挑みかかるように。
彼女の運命を大きく揺るがすことになる出会いは、このわずか数時間後に迫っていた。