愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 気分を変えようと大きく息をつき、シャーリィは天蓋(てんがい)から下がる紗幕を引き開ける。
 途端(とたん)、かぐわしい香りが押し寄せてきた。それは、部屋中、至る所に並べられた花瓶(かびん)から(ただよ)う、花の香り。シャーリィの私室は常に季節の花で満ち(あふ)れている。

 ぼんやりとその花を(なが)めていたシャーリィの胸が、次の瞬間ツキンと痛んだ。
 花瓶に()けられた花の中には彼女の思い出に刻まれた花もいくつかある。それはかつて、彼女の騎士から捧げられた花。今はもう彼女のそばを離れてしまった彼の、思い出の……。
(リアン……)
 シャーリィは裸足(はだし)のまま床に降り、そっと思い出の花に触れる。
 彼が去って、二週間近く()った。今日にはもう、彼の後を引き継ぐ、新たな親衛隊員が着任してくる。

 その新たな騎士と顔を合わせるのが、シャーリィには正直、苦痛だった。
(どうせまた、同じことになるんだわ)
 彼女の騎士は、誰もが皆、同じ道を辿(たど)る。
 初めて会った王女に見惚(みと)れ、熱烈に愛を告げ、彼女を守ることに喜びを見出す。

 だが、それは初めのうちだけ。
 やがて彼らは片恋の苦しみに顔を(ゆが)ませ、彼女の元を去っていく。
 それをシャーリィはどうすることもできない。そもそも彼らにどう接していったら良いのか、それさえ彼女には分からないでいる。
(彼らが愛してくれるように、私も愛してあげられたらいいのに……)
 そこまで考え、シャーリィは首を振った。

(いいえ、これじゃだめだわ。これではまた、繰り返してしまう。『愛してあげられたら』じゃ、だめなんだわ。お兄様の言うように、恐がらずに、躊躇(ためら)わずにいかないと。『恋じゃないかもしれない』なんてセーブをかけないで、好意を感じたなら素直にそれを育てていけば、いつか恋になるのかもしれない……)

 恋をするのはまだ少し恐い。だが向けられる愛に応えられず、相手を傷つけてばかりいる日々も、彼女にとっては苦痛だった。

(大丈夫。今からだって、(おそ)くないわよね。これから出会う誰かを、好きになれるかもしれない。それに片恋姫だって、所詮(しょせん)はただのジンクスだもの。必ずそうなるというわけじゃないわ)
 自分に言い聞かせながら、シャーリィは虚空(こくう)(にら)()える。まるで、目に見えぬ運命に(いど)みかかるように。

 彼女の運命を大きく揺るがすことになる出会いは、このわずか数時間後に(せま)っていた。
< 21 / 147 >

この作品をシェア

pagetop