愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「お初にお目にかかります。本日付けで、マリア・シャルリーネ王女殿下の親衛隊員に任じられました、アーベント・クライトと申します」
 そう名乗り、頭を下げた男を、シャーリィは呆気(あっけ)にとられたように見つめた。

 それまでに感じていた、(かす)かな緊張も覚悟も、彼の姿を一目見た途端(とたん)に吹き飛んでいた。

 目の前に(ひざまず)く男は、王宮の夜会などで美男美女を見慣れたシャーリィの目から見ても、整った顔立ちをしていた。
 貴公子然とした華やかな美貌というわけではないが、その場にいれば、はっと目を()かれてしまうような不思議な存在感がある。

 特に印象的なのはその瞳だった。
 榛色(ヘイゼルブラウン)のその瞳は、時に冷たく思えるほどに鋭く、研ぎ澄まされた刃を向けられているかのような緊張感を、見る者に与える。まるで生まれついての戦士ででもあるかのような瞳。

 軍属とは言え、そのほとんどが名門貴族の子息で、柔和(にゅうわ)な雰囲気を持つ者の多い親衛隊の中で、彼のまとう雰囲気は異質と言っても良かった。
 だがその一方で、彼のその身なりや所作は、他のどの騎士より、育ちの良さを(うかが)わせる。

 制服の下に(のぞ)くスカーフやシャツは、形こそ他と変わらぬシンプルなものだが、生地も縫製も見るからに上等な高級品。すっきりと整えられた赤褐色の髪は、磨きあげられた桃花心木(マホガニー)のように上質なつやを持ち、手入れの良さを感じさせた。

 どのような経歴の男なのか、一見しただけでは分からない、不思議な男。
 だが、シャーリィが驚いたのは、その外見だけではない。

「……驚いたわ。あなた、随分(ずいぶん)若いのね。まだ二十歳になっていないのではなくて?」
「はい。今年で十七になります。ですが、若いからと言って、どうかご案じ召されませぬよう。これでも、剣の腕には覚えがあります。まだ他の騎士の方々と手合わせしたことはございませんが、親衛隊の中でも五本の指には入るものと自負しております」

 そう言って顔を上げた男の、挑戦的ですらある強烈な自信を宿した眼差しに、シャーリィは思わず目を見張る。
 今までシャーリィにこんな目を向けてきた男はいない。初めてシャーリィに会った人間は大概、皆、我を忘れたように呆然と彼女に見惚(みと)れ、言葉も満足に話せないというのに。

「……あなた、私を見て何ともならないの?」
「…………は?」
 その、(あき)れているようにも聞こえる疑問の声に、シャーリィははっと顔を赤らめた。
(何てことを()いてるのよ、私。これじゃ、ものすごく自意識過剰な女みたいじゃないの)

 アーベントは、しばらく呆気(あっけ)に取られたようにシャーリィの顔を見つめていたが、やがて何かに得心がいったような顔で笑った。
「ああ。もしかして光の宝玉の魅了の力のことですか。でしたら私にはあまり効果が無いのかもしれません。私は、母がシュタイナー家の出ですので」

 シュタイナー家。それはリヒトシュライフェ七公爵家の中でも、特に古い血筋を持つ由緒正しい名家だ。
 そのシュタイナー家の血を引いているのであれば、宝玉の魅力(ちから)が通じないことも、充分にあり得る。

 シャーリィは、今度は別の驚きに目を見開き、目の前の青年を改めてじっくり見つめた。
 アーベントは変わらず、シャーリィにまじまじと見つめられても、顔を赤らめることも、狼狽(ろうばい)して目を()らすこともなく、平然としている。
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