愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

「私が誰か、ご承知の上で誘ってらっしゃるの?」
 もしや、妹だと気づかずに誘いをかけてきたのではないかと、声をひそめておそるおそる問う。
 するとウィレスは、大真面目に(うなず)いた。

「はい。マリア・シャルリーネ王女殿下。(おそ)れ多いとは存じますが、どうぞ一曲、お相手を……」
 正体を悟られていることに気づいていないウィレスは、妹に対し、慣れぬ敬語を使いながら、なおも誘いを続ける。

 兄の真意が分からず、眉をひそめて考えを巡らすシャーリィの頭に、ふっと(ひらめ)くものがあった。

(さては、お兄様ったら、他人のフリで私を(だま)して、後で驚かそうという気ね?もうとっくに正体なんて分かってしまっているのに。まったく、いくら姿を変えたからって、私にお兄様のことが分からないはずないじゃない)

 文句を言ってやろうと唇を開きかけ、だが寸前で、シャーリィは思いとどまった。
(そうだわ。ただ文句を言うだけじゃ、つまらないもの。お兄様がその気なら、こっちはわざと(だま)されたフリをして、逆にお兄様をからかってあげればいいのよ。私を(だま)そうとした罰だわ)

 シャーリィはこみ上げてくる笑いをこらえながら、差し出された手に、そっと己の手を重ねた。

 宮廷楽団が奏でるのは、優雅な四分の三拍子のメヌエット。
 大理石の床の上を滑るように踊りだした二人は、広間中の人間の注目を集めた。
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