愛され聖女は片恋を厭う(宝玉九姫の生存遊戯1)

 会場のざわめきに、シャーリィは入り口を振り返った。

 目に映ったのは、困ったような顔で歩いてくる、一人の青年の姿。
 銀糸の刺繍(ししゅう)縁取(ふちど)りされた濃紺のロングコートに、真っ白なドレスシャツ。
 整髪油できっちりと整えられ、ツヤを与えられた髪は、いつもよりその色を濃くして見える。

 すっきりと通った鼻梁(びりょう)に、仮面の奥から(のぞ)く切れ長の瞳。
 顔の一部を隠していても、相当に整った顔立ちであることが(うかが)える。貴婦人達がざわめくのも無理のない美青年だった。

 誘いをかけてくる貴婦人達をかわすのに苦労しながらも、男は何とか、呆然と立ち尽くすシャーリィの前に辿(たど)り着く。

「あ、その……。私と一曲、踊っては(いただ)けないでしょうか」
 差し出された手に、シャーリィは目を丸くして男を見上げた。

 見上げた先にあるのは、普段は前髪に隠れ、ほとんどまともに見ることのできない金色の瞳。

(……お兄様、よね?)
 兄の顔はいつも長い髪に隠れていて、物心ついて以来、その顔をはっきり見た記憶はない。
 それに、目の前の男は華やかに着飾っていて、普段の兄とは比べものにならぬほど洗練されている。

 だが、それでも、こうしてそばにいれば分かる。

 どんなに姿を変えても変えられぬ、その雰囲気、声音、瞳の色。
 それらがシャーリィに、男の正体を直感的に伝えていた。
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