竜王太子の生贄花嫁を拝命しましたが、殿下がなぜか溺愛モードです!?~一年後に離縁って言ったじゃないですか!~
アーレント伯爵は側室に入れ込み、エルナとエルナの母をほとんど構わなくなった。そしてそんな愛する側室との間に授かった子供がアリーシャだ。アリーシャが生まれてほどなくして、不運にもエルナの母は病に倒れ亡くなってしまった。悲しむエルナをよそに、アーレント伯爵はすぐに側室を正妻に――。それからだ。エルナの屋敷での立ち位置が、使用人のようになったのは。
彼女も立派な伯爵令嬢でありながら、身に着けているものは貧相で、髪も伸ばしっぱなしで毛先が少し傷んでいる。櫛を通すと、いつも最後で引っかかるのだ。そんな自分と違い、アリーシャの髪はするすると気持ちよく櫛が通った。その感覚が楽しくて、エルナはだんだん髪を梳かす作業が楽しくなっていた。
 普通なら、妹との格差を疑問に思うことだろう。しかし、エルナは幼い頃に母親を亡くしてからずっとこんな扱いを受けていた。そのため、疑問に思う前に慣れてしまったのだ。今の彼女は、自分が立派な伯爵令嬢であることなどまるで忘れているように思える。

「もういいわ。私は新しく買ったお洋服をお母様に見せるから、お姉様はどこかへ行っててちょうだい」

 髪を梳かしてもらうのに飽きたのか、アリーシャは立ち上がって、母親を探しに屋敷内をバタバタと駆けていった。

(ああ。もう少しだけアリーシャのサラサラな髪を堪能したかったのに……)

 エルナはのんきにそんなことを思いながら、櫛を引き出しに戻すと庭へ向かった。屋敷の庭園は、エルナにとってお気に入りの場所だ。花の世話をするのは、仕事でもあり趣味でもあった。

「あ、芽が出てる」
先日花の種を植えた場所から、ぴょこんと緑の芽が顔を出していた。エルナはその場にしゃがみ込むと、これから花を咲かせることを想像してにこりと微笑む。
 すると、屋敷の門で馬車が停まる音が聞こえた。振り返ると、外出していたアーレント伯爵が馬車から降りてくる姿が見えた。いいことがあったのか、ものすごく上機嫌なのが離れた場所からでもわかる。
(……お父様が上機嫌なときは、いいことがあった試しがないのよね)
軽快な足取りで屋敷へ帰ってくる父の姿を見て、エルナはなんだか嫌な予感がした。この予感が当たりませんようにと、エルナはなぜか緑の芽に向けて手を合わせてお祈りしている。

「おいエルナ、今から家族でお茶会をするからお前も来い」
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