君が好きでたまらない!
 カフェについて注文しようとすると、ちょうど新さんもやってきた。いつものスーツ姿ではなく、完全にオフな格好だ。白いTシャツの上に半袖のシャツを羽織り、黒いズボンをはいている。爽やかでかっこいい。

「すまない。待った?」

「いえ、大丈夫です」
 
 新さんはテイクアウトで飲み物を買うと、店を出るよう私を誘導した。太陽のもと照らされる新さんも新鮮でかっこいい。じっと彼を観察していると、それに気付いたようで、私のこともじっと見つめてきた。

「今日も可愛い」

「あ、ありがとうございます」

 そのリップサービスは今まで何人の人にしてきたんでしょうか。佳織には全然言わないけれど。会話も少ないけれど!
 ぷりぷりしながら新さんについていくと、駐車場に着いた。どうやら今日は彼の車で出かけるつもりらしい。

「どこに行くんですか?」

「秘密。乗って」

 助手席のドアを開くところも手馴れていて、これもまたイラっとした。何人の女性がこの助手席に座ったのだろう。

「なんだか慣れていらっしゃるんですね」

「君しか乗せたことないよ」

 嘘。妻が乗りました。デートのときや、私の送迎でこの車の助手席に乗せてくれたのに。すんなりと嘘をつかれたことにショックを受ける。
 今日はずっとこんな感じなのだろう。優しくしてもらえてうれしくて、キュンとするのとは裏腹に、その慣れた仕草に触れるたび、心に見えない傷が増えていく。はっきりさせなくてはと思うのに、今は、彼の優しさに触れていたいと思う。

 考え事をしていると、いつの間にか海沿いを走っている。道の先には観光名所としても有名な大きな水族館が見えてきた。

「もしかして、あの水族館に?」

「いやだったか?」

「いえ。でも意外です。水族館、お好きなんですか」

「仕事ばかりで行ったことがないのでわからない。家族で行ったこともない」

 ではなぜ水族館なのかしら?そう疑問に思っていると、心のうちを読んだかのように、「夏のデートといえば、水族館だと記事に書いてあった」と申告してきた。

 少し気まずいのか、照れくさそうにしている。運転中なので前を見ているが、耳がわずかに赤い。つまり、調べてくれたってこと?そしてそれを恥ずかしがっている?え、何それ、可愛い。

「っ! ふふっ。調べてくださってありがとうございます」

「!」

 思わず笑うと、驚いたように彼が一瞬目を見張った。そして二人で笑いあう。穏やかな空気が心地よい。そうだ。結婚する前の準備期間でもこんなことがあった。婚約指輪の流行りを調べてくれて、でも勝手に購入して気に入らなかったらと相談してくれた時だ。あの時もこんな風に照れて、私を気遣ってくれて。
 彼の浮気相手が羨ましい。彼のこんな表情がいつも見られるなんて。『佳織』としての私は、こうして彼の隣に座っても、緊張して俯いたまま、本音も言えないのだ。
 
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