恋におちたとき
 ショーツを一枚残したところで、完全に腰砕けになった彼女をベッドに横たわらせ、そのままうつ伏せにさせた。自分も手早く服を脱ぎ捨てると、彼女のうなじに流れる髪の毛を掻き分けて、ペロリと舐める。

 あんずジャム。

 その言葉が浮かぶと同時に、彼女の口から小さく息が漏れた。ふるりと背中が震える。
 いつも、抱く時に必ずうなじを舐めるから、彼女がすっかり覚えてしまった。これから二人で快楽に溺れるという合図。
 もう一度うなじを舐めると、そのまま背骨を舌でなぞった。

 今まで自分が匂いフェチだと思ったことも無かったし、好きな子を舐めたいという欲望を強く持ったことも無かった。と思う。

 こうなったきっかけは、最初の出逢いで彼女をとっさに抱きとめた、その時の印象からだ。
 抱き心地の柔らかさに猫を連想し、彼女の身にまとう香りに、子供のころに読んだ猫に絡んだ児童書を思い出した。

 もう、タイトルも忘れてしまった本。子供のいる家庭で飼われている黒猫の話。
 子供が食べていたパンが目を離した隙に無くなって、代わりに窓の向こうで白い猫が走っていた。うなじの辺りだけ橙色の毛色のある、それはまるで子供が好きなあんずジャムが白い食パンに落ちた様な、そんな柄。だからあれは猫じゃ無いんだ。食べられたくないパンが逃げたんだ、と黒猫が追いかける。
 途中の絡みはすっかり忘れてしまったけど、黒猫は最後まで納得しなかったことを覚えている。だからパンでは無いことを確かめるために、白猫のあんずジャムの様な橙色の毛をひと舐めするんだ。毎日、毎日。

 それが、なんだか自分の心にひどく印象に残った。性のことなどなにも分からない年頃だったけど、なにか黒猫の執着心や、舐めるという行為に隠された淫靡な空気を感じていたんだと思う。
 そんな幼い頃の感性が、彼女を抱きとめた瞬間に甦った。

 彼女を抱くと、なぜか匂いを嗅ぎたくなる。
 うなじを猫の様に一舐めして、あんずジャムの味がしないか確認したくなる。
 彼女がジャム付きパンじゃ無いことを確認したら、次に本来の彼女の味を知りたくなる。

 だから俺は、自分の舌を彼女に這わす。

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