恋がはじまる日


 そして迎えた二月十四日。


 朝からクラス、いや学校中がそわそわとした雰囲気の中、私も同じようにそわそわとチョコを渡す機会をうかがっていた。


 同じクラス、隣の席であるのに、移動教室や委員会、あまつさえ掃除当番の今日はなんてタイミングが悪いのだろうか。


 いつもなら長く感じる一日が、あっという間に放課後になってしまった。


 とにかく!渡すのはこの放課後しかない!


 急いで掃除を終わらせて教室に戻るも、ほとんどの生徒が部活動や帰路についていた。


 席に戻ると、藤宮くんの鞄はまだ机の横に掛かっていた。


 よかった!まだ学校にいる!そのうち戻ってくるよね。


「はぁ~」


 緊張でどうにかなりそうな胸を押さえ、窓から運動部の部活動の様子を眺める。遠く、吹奏楽部の合奏の音が聞こえ始めた。


 気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと呼吸し、その時を待つ。気が付けば教室は、私一人となっていた。


 藤宮くん遅いな、委員会の当番かな。それとも…。


 と、少し胸をざわつかせながら考える。


 また、誰かに告白されていたりするのかな。チョコ渡されてるとか。きっと渡す人はいるよね。何人くらいから貰ったりするんだろう。藤宮くんにとって、私はその中の一人でしかないのかな。


 藤宮くんのことを考えると、温かな優しい気持ちとざわついた不安な気持ちとがないまぜになる。鼓動がどくどくと少し早くなった。


 だめだめ!暗い気持ちになってもいいことなんてないよね、とりあえずチョコを渡してみる!日頃お世話にもなってるし!感謝の気持ちも込めて!


 そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと何度も何度も深呼吸を繰り返す。


 すると、ガラっと音を立てて、教室の前扉が開いた。


 反射的にぱっと顔を上げる。


「美音?」


「あ、椿」


 そこにはいつもと変わらない幼なじみの姿。なんとなく安堵の息がもれた。


< 137 / 165 >

この作品をシェア

pagetop