青時雨

 なんとか無事に取材を終えて、私は挨拶もそこそこに、南青山のオフィスビルを飛び出した。
 
 本音を言えば、このまま自分のマンションに帰ってしまいたかった。
 でもやりかけの仕事もあるし、今終わったばかりのインタビューも記憶が鮮明なうちに文章に起こしておきたい。   
 同行したカメラマンに、4時までに画像のデータファイルを私の仕事用アカウントに転送しておくよう伝えて、帰りのタクシーを拾った。

 編集部に戻ってデスクに報告してから、自分の席に戻ってPCを立ち上げた。 

 マイクロレコーダーにイヤホンを繋いで再生スイッチを押して、録音した内容を手際よく文字に落としていく。
 後はそこから不要な部分を削ったり、言葉が足りない部分を補ったりして、雑誌に載せられる内容に仕上げていく。
 
 幾度となくこなしてきた、手慣れた作業のはずなのに──。

 イヤホンから、悠介さんの艶のある声が流れてくる。まるで耳元で、彼に囁かれているようだった。

 低く、耳朶(じだ)を震わせる悠介さんの声に、あの夜狂しく私を愛した、彼の息遣いが重なって聞こえた。

 呼吸が早くなって、身体の奥が熱くなってくる。 
 幻の彼の息遣いに重なって、甘く揺れる自分の嬌声までが、耳の奥で渦巻いた。

 とても仕事にならない。
 画面を落として、化粧室に駆け込んだ。

 誰もいない化粧室で、大きな鏡に自分の姿を映しながら、胸に手を当てて呼吸を整えた。
 
 身体が、熱い。
 彼の声に(いざな)われて、自分の奥底の何かが、目を覚ましてしまったようだった。

 呆然と立ち尽くしていると、スマホの着信ランプが明滅していることに気が付いた。
 タップすると、見覚えのない番号からの着信履歴が、時間をおいて5件並んでいた。

 息を呑んでその番号をタップした。
 2回目の呼び出し音が鳴る前に、相手が出た。

『──もしもし、純さん? 悠介です、今から会えませんか?』

 私を愛したあの声が、スマホから流れてきた。
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