姫の騎士

9、勝利

 ゴールラインを越えると、背中のアンはセルジオが膝をつくのも待たずに飛び降りた。
「順位と重さはどうなの!」
 審判役のロサンにかけよった。

「順位は一位ルイ、二位カルバン、三位ミシェル」
「その重さは!」
「ルイ17キロ、カルバン25キロ、ミッシェルは3キロです。それではアンさま、重さをはかりましょう、あちらへどうぞ」
 騎士団長は丁重にアンを砂場の横の重量計へ促す。
「おい、まさかアンの体重を公開ではかるのか?それはどうかと思うが……」

 傘の下のジルコン王子が声を上げた。
 その声にはなぜか焦りがある。

「アンさまの重さがわからないと順位が確定しません。それとも不満があちこちに出ると思いますが、思い切って申告制にしますか?パートナーだったセルジオ殿の見立てをそのまま利用してもいいですが」
 騎士団長は平然と答えている。
 結局王子が折れて、アンの体重をはかることにしたようである。

 セルジオは膝を手を地面に付き、荒い息を整える。
 すべてやれることはやった。
 ルイは、悠然とセルジオに歩みよると、セルジオの前にしゃがみこむ。
 そして、口元をだらしなくゆがめつつ、申し訳なさそうな顔をつくって見せた。

「お前は4位で順位点は70点、それに運んだものの重さ、44.7キロに水を含んだ服の重さを大目に見積もった約2キロ弱分の重量点、46点。二つを合計しても116点。俺は総合117点。カルバンは115点。俺の勝ち。悪く思うなよ」
 ルイの声に被るように、砂場の横からアンは勝ち誇った叫びを上げた。

「セルジオ!僕たちの優勝だ!僕たちは順位点70点と重量点50点で120点!ルイよりも点数が高い!セルジオ!」
 アンは重量計から飛び降りると、セルジオに背後からしがみつく。
驚いたのはルイである。

「重量点が50点って、服の水分が5キロもあるはずがないだろう」
ルイはそういったとたんにある可能性に気が付いた。
「まさかお前、コレの体重が44.7キロだっていったの、偽情報かよ、クソっ」
 セルジオは白い歯を見せて笑った。

「あれ?女と男じゃ、俺の勘は狂うようだな、っていうかそもそも、俺が抱き上げるだけで人の体重をピタリと当てられる気持ち悪い男のはずがないだろ!俺なら、こんな勝負がかかった重要なところなら、言われたキロに少し大目に砂をもっていくだろうよ!治安警察兵なら、情報の裏を確認してから信じるべきなのではないか?」
「治安警察兵見習いだ!物事は正確にいえ!」
 ルイがセルジオの言葉を激しく訂正するが、もはや負け惜しみである。

「あの局面で、きく方もきく方だと思いましたが、その答えを言う方も言う方だったのですね!友人間の駆け引きは裏の読み合いになるのですね。面白いですね!」
 ルイとセルジオのやりとりを見て、カルバンは腹を抱えて笑っている。
 カルバンははじめからセルジオの言葉を信じていない。

「それより、ミシェルの3キロというのは……」

 セルジオはミシェルを探した。
 ハードルに向かった時は背中の荷物はもっと重かったはずである。
 だが、ミシェルはリュックに水を浴びた。
 砂を入れた袋の目は粗い。
 そしてリュックは軽さを重視したさらに目の荒いものであった。
 グランドに乾いた砂が、リュックからこぼれてうすく散らばっていることに、セルジオは走り始めたときから気が付いていたのだった。

 障害物の後半に水がある。
 砂が水を被れば、泥状になり網目からしたたり落ちることもあり得るだろうと、セルジオは想定していた。
 しかしながら、セルジオはこの作戦をとるつもりはなかった。
 可能性としてありえるぐらいでしか思っていなかった。
 ミシェルが砂を背中から流してしまったのは、水場でセルジオとアンをいじめた結果である。
 もしくは、泥水になってしたたり落ちるまえに、水を含んだ砂が重くなりすぎた。
 ハードルを越えるには辛すぎて、ミシェルは最後の最後で手放さざるを得なかったのか。
 いずれにしろ自業自得だった。

 ミシェルは膝に頭を置き、顔もあげられない。
 彼女は泣いていた。
 セルジオには彼女にかける言葉は水を執拗にかけられた時に言った。
 だから今はもう、何もいうことはなかった。


 不意に、セルジオに影がかかった。
 背中にのしかかる重みが軽くなる。
 アンが引き離されたのだ。
 引き離したのは、ジルコン王子。
 アンの肩に自分のマントをかける。
 セルジオは立ちあがった。
 大柄なセルジオは自然とジルコン王子を見下ろす形になるが、王子の尊大な態度は変わらない。

「優勝おめでとう。だが、内容をみるととてもほめられたものじゃないな」
「全力を尽くしたつもりでしたが、なにか改善すべき点はありましたか」



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