姫の騎士

12、運命の女

 アデールの姫の顔を見た日、最終面接は行われなかった。
 もともと7日間の王都滞在で、残りはあと1日である。
 その後、彼らとは会っていない。ルイかカルバンの面接があったのかもしれない。
 明日はセルジオの番なのであろう。

 どんな面接が行われたのであろう。
 結局、ルイは面接まで残っているのだろうか。
 子供のころから憧れた騎士に、手が届くところに来ていた。
 それが、ジュクジュクに熟したイチジクのような爛れた王族であろうとも、選ばれたのならば騎士としての本分を全うするだけだと思うし、やはり心情的に無理だとなれば、その時に進退を考えればいいかと思う。
 カルバンは、セルジオに迷いをもたらせようとしたが、その作戦には乗せられるつもりはなかった。
 それだけ、貴族として望むものを与えられ一流のものに囲まれて育った貴族のカルバンと、挫折から自分の足りないところを補強し、勉強のための費用を捻出するために御用聞きをしてなんでもやってきたセルジオと、違うところ。
 セルジオには後がない。
 この試験が駄目だった時のことなど全く考えていない。
 考えたくもない。


 バルコニーの窓に何かがコツコツとぶつかっていた。
 日が落ちるのも早くなっていた。
 オニヤンマか何かがぶつかったのかと思う。
 セルジオは体を投げ出していたベッドから体を起こし、念のために外を確認する。
 ガラス窓の外には部屋の灯りを受けていたのは、ほっそりとした人影。
 ひとつにまとめた髪がきらりと輝いた。
 セルジオは後ろ向きに立つ訪問者が誰なのか知る。
 窓を開いた。

「アン!いったいどこから来たんだ」
 ここは二階とはいえ、1階の天井が高くて、容易に上がれるものではない。既に確認済みである。窓辺に足掛かりになりそうな樹木はなかった。

「上の階のベランダから降りてきたんだ」
「上だって!?どうして……」
 セルジオはどうやってきたのか上を見あげようとする。
 アンはセルジオを部屋に押し込むようにして入るなり、バルコニーの窓を後ろ手に閉めた。

「ごめん、ここに僕がいることを誰かに見られたら困るんだ。朝に見たんだろ。アデールの姫を」
「見たよ」
「どう思った?」
「どうって、そっくりだった」
「似すぎて不思議だと思わなかった?」
「噂を聞いている」
「噂って?姫の?それとも僕の?」

 アンはどんな噂が来ても平気だというような顔をしている。

「姫が、色気なしで夜這いで奇行の姫だということと、アンが、姫の双子の兄で、」
「色気なしで夜這いで奇行の姫の!?」
「ジルコン王子の愛人だということ」
「愛人……!?」

 アンは、セルジオがあり得ない冗談を言ったかのように噴き出した。
 セルジオは一瞬、全て勘違いだったのだと思った。

 アデールの姫と似ているのは、よくある他人の空似で、アンがただのアデール出身の、アデールの姫とは遠い親戚であるというだけで。
 国を離れて寂しがるアデールの姫の友人として一緒に過ごしていて、ジルコン王子との肉体関係なんてなくて、ジルコン王子とは夏スクールを共に過ごしたお気に入りの友人というだけの。
 姫の都合がつかない時に、代わりに連れて行きたくなるぐらいには、お気に入りの。


 だが、顔を上げセルジオを見たアンが今にも泣きそうだったので、噂が噂ではなかったことを知ってしまった。
 
「噂は噂だ。本当のところはどうなんだ。あんたの口からききたい」
 思いがけず低い声になり、セルジオは自分が極度に緊張していることに気づいた。
 心臓が冷たく打つ。

「僕は、アンジュ。ロゼリアの双子の兄。アデールの王子で……」
 アンは部屋に視線を走らせた。
 誰かが隠れているかもしれないと思ったのか。
 小さな部屋にはベッドと着替えぐらいしかない。

「僕は、ここでは王子ではなくただのアンなんだ。それから監視下でしか行動できない。アデールのアンジュは、エールには存在しないんだ。今夜ここには、危険を冒して監視の目を盗んできた。覚悟を決めて来たんだ。もう時間がないから」
「……望んでエールの王城にいるのではないのか?」
 声がかすれた。
 アンは、セルジオにぶつかるようにしがみついた。

「セルジオ!僕をここから解放して欲しい!ジルコン王子から逃れて、アデールに帰りたいんだ」

 アンは顔を上げる。
 その、夕闇の一滴を垂らした青灰色の瞳が、セルジオの目を見た。
 藁にもすがるような、必死に懇願する目だった。

「僕はずっと探していた。僕だけの騎士を!そして僕は見つけたんだ。障害物競争の時に、確信した。僕が僕でいられるためには、あんたの、セルジオの助けがいる!あんただって、僕とペアになって、何かを感じただろう?」

 セルジオは瞑目する。
 アンは消えなかった。
 むしろはっきりと脳裏に浮かんだ。

 アンがセルジオに行き先を指さしている。
 宝石のような目を希望にきらめかせて。
 セルジオには何重にも茨が重なっていて、見通せなかった。
 だがアンは、茨の向こうに素晴らしい未来があることを知っている。
 いや、ただ気まぐれに向こうの景色を見たいだけかもしれない。
 アンが行きたいというのなら、セルジオに異論はなかった。


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