やさしい嘘のその先に
 丁度そこで受付けに呼ばれた美千花(みちか)は、これ幸いと律顕(りつあき)から逃げるみたいに立ち上がった。

 一階の総合カウンターにある会計窓口に持って行くようファイルを渡されて、美千花はすぐ背後に立つ律顕に「行こ?」と声を掛けた。


***


 今日はいつもより少しだけつわりの症状が軽かった美千花は、お昼に元同僚の奥田蝶子(ちょうこ)と待ち合わせをしてランチに出かけてみることにした。

 正直ひとりで家に引きこもっていると、しんどさばかりに目がいって辛かったから、ほんのちょっぴり気分転換がしたくて。

 幸い元職場と自宅はそんなに離れていない徒歩圏内。
 お散歩がてらが楽しめるのもいいかな?と思った。


 ランチと言ってもさすがに食事を摂る気にはなれなかった美千花だ。

 お店では食べられそうなものを軽く口にすればいいよね、と開き直ることにした。

 実際、美千花は何かを食べたかったわけではなくて、ただ単に話を聞いてもらいたかっただけだったから。

 仕事を辞めてからの美千花は、家で夫と話す以外は、妊婦健診で医療従事者と話す程度。

 美千花も律顕も実家は新幹線で五時間ぐらい離れた都市にあるため、お互いの両親や学生時代の旧友と話せる機会もほとんどない。

 美千花がこちらで腹を割って話せるのは、同期入社で一緒に受付嬢をしていた蝶子ぐらいのものだ。
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