*夜桜の約束* ―春―
 ──『少女』が襲われたその二日前──

「う──ん~~~春ですねぇ──」

 そんなほのぼのとした声に、爽やかな風が一波なびいた。

 一度ギュッと(つむ)った瞼を見開いて、再び薄桃色の視界を眼に入れる。

 甘さすら感じてしまいそうな暖かな陽差し。

 ──また「この季節」・「この町」にやって来た──

 美しい桜並木の続く高台の町。

「お前ね、そんな当たり前のこと、しみじみと言わないでくれる?」

 隣に(たたず)むスラリとした長身が、呆れたように片目を細めた。

 『少女』は楽しそうに彼を見上げる。

 相変わらずロマンティストではないぼやき──でも嫌いじゃない。

「先輩。あたし達の季節がやって来たんですよ? もう少し喜ばないと」

 そう言って同じように片目を細めてみせた。

 肩にかかるほどの茶色の髪が、サワサワと後ろへそよいだ。

「お前はともかく、俺の季節じゃない。秋生まれなのに一緒にすんな」

「まぁまぁ……いいじゃないですか。ね? “桜”先輩」

 「ふん」と機嫌の悪そうに見下ろしていた(おもて)を、ツンと元へ戻す。

 口元をヘの字に曲げながらも、真っ直ぐな視線の涼やかな横顔。

 いつもはこんなにとっつきにくい表情なのに、ショーが始まればにこやかな誰にでも好かれる美しい青年に変わる。

 そのギャップがたまらないのかな? と少女は(ひそ)やかに苦笑した。


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