*夜桜の約束* ―春―
 高岡はにっこりとモモに微笑んだ。

「君は自分の場所であるのに気後(きおく)れしているんだ。今の私には的確にその原因を言い当てられないが、多分おのずと見えてくるだろう。タマちゃんはこのままサーカスにいても君を変えられないと思った。だからこうして……それにね、明日葉。昨夜話す筈だった回答もここに加わるのだと思うよ」

「はい?」

「君は甘え方を知らない。たとえ父娘(おやこ)ごっこだとしても、そこから少しでも得られるものがあれば……タマちゃんはきっとそう思ったんだ。だからね……あと二日しかないけれど、頭と心の中身をまっさらにしてごらん」

「頭と心の中身──」

 高岡の言葉の意味は分かっても、まだそれを感じ取るための心が動いていなかった。

 それでも得たいと思う気持ちはあった。

 そこに凪徒達が不自然さを感じていることは気付けたから。

「サーカスの皆さんに誘拐事件と思わせたのも、そういうことだね」

「え?」

 しかしその理由を高岡は語らず、ただ慈雨を受け入れる大きな海という()れ物と、戸惑うモモの大きな瞳に映る自分の姿を見つめていた──。


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