我が身可愛い大人たち
破綻寸前

 美鳥は後部座席の下に落ちていた赤いショーツをつまみ上げ、思わず顔をしかめた。

 夫の浮気に気づかないほど、勘は悪くないつもりだ。それにしても、汚れた下着を車内に残しておくほど下衆な女性が相手だと知るのは、気持ちいいものではない。

 夫婦兼用で使っている自家用車で浮気相手と乳繰り合おうとする夫も、彼女に負けず劣らず下衆の極みではあるが。

「和真の馬鹿野郎……」

 低い声で呟いた美鳥は、下着を元々あった位置にはらりと落とす。こんなことで心を乱している場合ではない。今日も仕事なのだと自分に言い聞かせ、運転席に乗り込む。

 バックミラーに映った前髪が少し乱れていたので整え、「よし」と呟いて車を発進させた。

 彼女の勤務先は、都内のスポーツジム。トレーナーとしてクライアントの要望に沿ったメニューを作成し、運動の指導を行っている。24時間営業のジムであるため、勤務時間は不規則。休日はもっぱら平日に取ることが多い。

 このジムに客として和真がやってきたことが、彼らの交際のきっかけだった。

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