カッコウ ~改訂版

 4月までの忙しさに私は救われた。子供達の生活環境を整えるために、色々な手続きを急がなければならなかった。連日、あちこち駆け回る。翌週末には孝明と会って、離婚届を記入した。
 たった一週間で、孝明の表情は落ち着いて柔らかくなっていた。大きな悲しみを受止め、消化し、前を向いた孝明。人間としての大きさに私は驚き、孝明を失った悲しみを実感した。
 「子供達、元気か?」私の負担を考慮して東京で落ち合って。都心のティールームで向かい合うと、孝明は言った。
 「うん元気よ。大翔の足もだいぶ良くなったし。」私はまだ孝明の目を正面から見ることはできなかった。
 「パパ、いつ帰ってくるのって聞かれて。困るわ。」と俯いて言う。
 「もう少し大きくなればわかるだろう。その時は、みどりの都合が良いように話せばいいよ。」孝明も寂しそうに笑い、
 「俺が浮気して別れたとかね。」と続けた。
 「そんな事、言えないわ。」目を落としたまま私が答えると
 「それでいいんだ。離れた人間を恨む方がうまくいくんだよ。」と孝明は言った。どこまでも子供思いで優しい孝明に、私は涙が滲んでしまう。
 「社宅の人には、みどりのお母さんが倒れて埼玉に帰ることになったって話したから。」孝明は銀行に残るのだから、いずれ離婚したことはわかってしまうだろう。
 「ごめんなさい。」あの日以来、何度も言った言葉を私は言う。
 「落ち着いたら昼間、荷物を取りに来るといい。ご近所にも挨拶してくれよ。」孝明の思いやりに、私は涙を溢れさせハンカチで顔を覆う。
 「泣くなよ。俺がみどりを許せなくて。ごめんな。」孝明は優しい微笑みで私を見つめた。私は驚いて大きく首を振る。
 「でも必ず無理がくると思うんだ。知ってしまったから。子供達が小さいうちで良かったよ。」と言って孝明も下を向いた。
 「孝ちゃん、悠翔に会えなくていいの?」悠翔は孝明の子供だから。私が聞くと、孝明は静かに頷いた。
 「悠翔にだけ会ったら、大翔と悠翔の関係がおかしくなるだろう。」私の不義が原因の離婚だから、子供達の養育費はいらないと父は孝明に言った。孝明も父に、子供達にはもう会わないと応えていた。
 「全部私達のために。本当にありがとう。」私が言うと孝明は静かに首を振り、少し悪戯っぽい笑顔をした。そして
 「おかげで俺も、もう一度やり直せるよ。次はもっと若い嫁さんもらうか。」と言った。私は涙を溜めて孝明を睨み
 「何だか嫌だな。妬けるわ。」と私が言うと
 「みどりが言うなよ。」と孝明は心地よい笑顔を見せてくれた。
 
今まで孝明に育ててもらった大翔は、やっぱり孝明の子供だ。大翔の父親は孝明しかいない。たった6年でも、大翔は孝明と係れて良かったと私は心から思う。大翔の中には必ず、孝明の優しさが残っていると信じた。









 
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