カッコウ ~改訂版

 私の家は埼玉のはずれで、父は板金業を営んでいた。私は割と早くから父の職業が嫌だった。作業服姿で、日焼けしている父を格好悪いと思っていた。夜になると職人仲間を家に呼んでお酒を飲む。酔うと大きな声で同じ話しを何度もする父。私が望むのはスーツを着て仕事をするような、知的で上品な父親だったから。
 私はドラマで見るような、都会的でアカデミックな家庭に憧れていた。大きいだけで古い家も田舎の生活も、私は嫌いだった。どうして私は、こんな家に生まれてきたのだろう。もっと違った家に生まれていれば、きっと素敵な生活ができたのに。ずっとそんなことばかり思っていた。
 何も考えず、父に懐いていた頃もあったけど。父は子煩悩だったから。私や弟とよく遊んでくれた。家で仕事をする時は、作業場の隅で端材にペンキを塗らせてくれた。
 「みどりは器用だな。お父さんの後を継ぐか。」ペンキを塗る私を見て、父は嬉しそうに言っていた。ただ父の愛情を信じていた頃の私は、父が好きでいつも父の側にいたのに。

 “特別”な生活がしたいと思う私の憧れは、だんだん歪んだ形になっていく。私には学力も才能もないし、アイドルになれるほど可愛いわけじゃない。それなのに私は、成功を掴むための努力もできない。私は夢中で頑張っている人を“ダサい”と思っていたから。
 明るくて活発に過ごしてきた私は、ずっと目立っていたかった。『やっぱりみどりは違うね』とみんなに思われたかった。私は徐々に大胆になっていく。まだ誰もやっていないことをすると、みんなが私に一目置くから。それだけで私は特別だと思えた。私も周りの友達も、みんな幼かったから。
 高校2年の時、私はバイト先で知り合った彼と初体験をした。友達の中で一番早い体験に私は満足していた。未熟で好奇心旺盛で。自分を大切にしないことを、カッコいいと思っていた私。そんなこと、何の自慢にもならないのに。
 それ以来私は、セックスを軽く受け止めてしまった。初めての体験は、私に何も残さなかったから。感動も快感も。“男の人なんて簡単” 抱かれてしまえば、どうにでもなる。経験のない友達が大騒ぎすることも、私には滑稽に思えた。私がしていたことはただのセックスで、恋愛ではなかったのに。

 本当の恋愛を知らないまま大学生になった私。みんなが茂樹に騒ぐから、私も興味を持った。最初はただの好奇心だったはず。もし茂樹に抱かれることができたら、私は“特別”になれる。“男の人なんて簡単” 女子大生に誘われたら、断らないはず。私は大人を軽く見ていた。
 初めて茂樹に抱かれた後は、ただ優越感だけで。みんなが憧れる茂樹を自分のものにしたことに酔っていたけど。何度か抱かれるうちに、私は自分の体に戸惑うようになっていた。茂樹は私に歓びを教えた。高校生の時の、未熟な体験とは違う。茂樹に開発されてしまった私の体。
 私が茂樹を溺れさせるつもりだったのに。若い体で茂樹を夢中にするつもりだったのに。私の方が茂樹から離れられなくなっていた。ミイラ取りがミイラになるって、こういうことだったのか。大人の男性を軽く見ていた罰。
 
 





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