カッコウ ~改訂版

 先に着いていた健二達。向かい合って座っていた二人。私達は、自然とパートナーの隣に腰掛ける。
 「はじめまして。」
 「こちらこそ。よろしく。」居酒屋の席は並んで座ると距離が近く、佐山さんも私も笑ってしまう。
 軽くビールで乾杯して、簡単に自己紹介や近況を話す。途中、私がウーロン茶に切り替えると
 「すいません、俺も。」と佐山さんは言った。
 「佐山さん、お酒駄目なの?」あまり減っていないビールを見て私が言うと、
 「弱いんだ。すぐ赤くなるし。」と佐山さんは答えた。そして
 「みどりちゃんは?飲めるんでしょう?」と聞く。
 「これ一杯くらいかな。でも家遠いから。帰ること考えると飲めないですね。」私はジョッキを指して笑いながら答える。
 「埼玉だよね?」紗江子から聞いているのだろう。佐山さんは言う。
 「はい。奥の方です。ほとんど群馬。佐山さんは?」淡々とした佐山さんは、私をリラックスさせてくれる。
 「実家は千葉。今は杉並の社宅だけど。」健二も会社の独身寮に入っていると、紗江子は言っていた。
 「一人暮らしってどうですか?」と私は聞いてみる。
 「うーん、ほとんど寝るだけだからね。」と佐山さんは苦笑する。そして、
 「みどりちゃん、就職は都内?」と私に言った。
 「はい。でも小さな会社です。希望のところは全部駄目で。」就職したら家を出るつもりだったけど。内定した会社の待遇で都内の一人暮らしは厳しい。
 「いいじゃない、内定していれば。卒業までに決まらない人も多いでしょう。」佐山さんは静かに話す。私の大学は無名だから、就職の決まっていない友達も多かった。
 「佐山さんは優秀だから。いいですよね、都市銀行なんて。うちの大学では絶対無理。」少し膨れた顔で私が話すと、佐山さんは温かい目で私を見た。そして、
 「運が良かっただけだよ。入ってみたら結構大変だし。」と笑顔で言う。その時“この人と付き合ってみたい”と、私は初めて思った。
 向かい側で紗江子達は二人で話している。私と佐山さんも自然と二人で話す。佐山さんは穏やかな話し方で威圧感がなく、私を安心させてくれた。遠くまで帰る私達を心配して、その日は一軒目でお開きにした。
 「携帯番号、教えてくれる?」帰り際、佐山さんに聞かれて私は頷く。お互いの番号を登録すると、
 「時々、メールしてもいい?」と佐山さんは遠慮がちに聞いた。
 「もちろん。」私が笑顔でと答えると、佐山さんも爽やかに笑った。
 この人を好きになれれば、茂樹と別れられる。会う度に別れようと言う茂樹に、私から別れを告げられる。呼び出されても断ることができる。
 佐山さんは私の心に希望を与えた。傷つく前に引き返す最後のチャンスだと思った。勤務先や出身大学も自慢できる。年齢も釣り合うし。茂樹を見返すことができる。このまま、この人を好きになれば。
 
 紗江子と一緒に帰る電車の中で
 「佐山さんとみどり、いい感じだったよ。」と言う紗江子。
 「そう?うまくいくかな。」私が聞くと
 「みどり、佐山さんの好みだと思うよ。」紗江子は楽天的に言った。
 「そうかな。佐山さんって、ギラギラしてないよね。」私の言葉に紗江子は頷く。
 「だからみどりに合うと思うんだ。」と言って。
 「うん…」曖昧に言う私に、紗江子は
 「みどりが、その気になることが大事だからね。」と言った。
 今まで私は、誰とも付き合う気にならなかった。茂樹がいたから。誰にも知られずに茂樹と付き合っていることは快感だった。
 紗江子に誘われて佐山さんと会う気になったことは、大きな変化だった。純粋に茂樹を切りたいという気持ち。そして彼を作ることで茂樹を引き留めたいという気持ちでもあった。まだ私の心は揺れていた。
 
その夜、家に着いてまもなく佐山さんからメールが届いた。
 『お疲れ様。そろそろ着いたかな。』優しい人柄を思わせる控えめな文章。
 『さっき家に着きました。佐山さんはもう家?』私もすぐに返信する。
 『ウチは近いからね(笑)色々話せて楽しかったよ。』
 『私も。』
 『また誘ってもいい?』
 『はい。楽しみに待っています。』私も正直に返信をする。
 『ありがとう。またメールするね。』
 『おやすみなさい。』
 久しぶりに素直な笑顔がこぼれた。このまま佐山さんを好きになりたい。佐山さんなら私を日なたに連れ出してくれる。茂樹のことも忘れられる、きっと。






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