カッコウ ~改訂版

 大学4年になってゼミ以外授業がない私は、アルバイトに明け暮れていた。埼玉中心部の駅ビル。アクセサリーショップで販売員のアルバイトをしていた。そこから大学は近く、茂樹に呼び出された時にすぐ会えるから。
 茂樹はたいてい、その駅近くのビジネスホテルを予約する。平日の夜。土日は家族と過ごすため。だから私はずっと土日にバイトを入れていた。一人で過ごす言い訳。
 その週の土曜日、佐山さんからドライブに誘われて。私はバイト仲間にシフトを交替してもらった。
 「珍しいね、みどりちゃんが土曜に休むなんて。」一つ年下の茜ちゃんは、快く引き受けてくれた。
 「うん。これから土曜日はバイト外そうかな。」まだ佐山さんと付き合うことが、決まったわけではないけれど。佐山さんからの誘いが嬉しかったから。
 「みどりちゃん、もしかして彼できた?」笑顔で茜ちゃんに言われて、私は首を傾げて微笑む。佐山さんの誘いが、昼間のドライブだったことも嬉しかった。茂樹とは一度もそういうデートをしたことがないから。
 「そろそろ卒業だからね。」私は思わせぶりに答える。大学も茂樹も卒業しよう。その時は、本気でそう思っていた。
 
 土曜日、佐山さんは私の家の最寄り駅まで迎えに来てくれた。
 「ごめんね。こんな田舎まで。」助手席に座って私が言うと、
 「大丈夫だよ。どうせ途中だし。」と佐山さんは笑う。最初は少しぎこちなかったけれど。車の中は向い合わない分、気楽に話せる。佐山さんは始終穏やかで、私を寛がせてくれた。
 軽井沢までのドライブ。私の家からは一時間ちょっとの距離。近い割に私には馴染みのなかった場所。
 「軽井沢ってあまり来る機会、なかったですね。」私は一度ショッピングモールに来ただけだと話す。
 「そう?良い所だよ。街並がきれいで夏は涼しいし。」佐山さんは自然に言う。そもそも、私はあまり出かけたことがない。家族旅行の習慣はなかったし、恋人がいなかったからデートで遠出したこともない。
 「私、海も2回くらいしか行ったことないかも。」今まで何をしていたのだろう、と思いながら私は言う。
 「俺、実家が千葉だから。海はよく行ったよ。もしかしてみどりちゃん、泳げない?」佐山さんはいたずらっぽく聞く。
 「一応、スイミング習っていたから。それは大丈夫。」私が答えると。
 「じゃあ、今度は泳ぎに行こうか。海は来年まで無理だけど。室内プールとか。」軽く言う佐山さんにつられて、私は頷く。その後で私はハッとして
 「プールって水着になりますよね。」と言うと、佐山さんは心地よい声で笑った。
 「水着、いいねえ。」と言いながら。
淡々としているくせに思わせぶりで。徐々に佐山さんのペースに乗せられていく。そういうことも、私は新鮮で嬉しかった。
 はじめてのデートは、とても楽しかった。軽井沢らしいおしゃれなお店で、ランチはイタリアン。その後は公園を散歩して、池でボートにも乗った。穏やかで明るい佐山さんに、私は安心して一緒にいられた。お互いのことも色々話した。子供の頃のこと、学生時代のこと。スポーツや音楽の話しなど。
 私は一日、茂樹を忘れて過ごして。自然と佐山さんに惹かれていることに気付く。誰かの大切な存在になりたいという思いを、佐山さんなら叶えてくれる。私の為に色々考えて楽しませてくれる佐山さんに、私は忘れていた感覚を思い出す。
 自分はまだ、誰かの一番になれるかもしれない。その資格がある。そう思うことは、驚くほど私を解放した。
 「すごく楽しかったです。佐山さん、ありがとう。」帰りの車の中で私が言うと
 「孝明でいいよ。」と佐山さんは答える。それはシャイな佐山さんの告白。
 「えー。でも。じゃあ孝ちゃんって呼ぼうかな。」私も照れて言う。そして、
 「私も。みどりでいいです。呼び捨てで。」と言うと、孝明はニコッと笑った。それは告白を受けるという私の返事だった。
 
 






< 6 / 26 >

この作品をシェア

pagetop