お見合い仮面夫婦の初夜事情~エリート裁判官は新妻への一途な愛を貫きたい~
「ちょっと、もう少し身なりに気を配ろうと思ったんです」

「あら、逢坂先生はそんな気を配らなくても十分に素敵でかわいらしいわよ!」

 私の回答が意外だったのか、萩野先生が真面目な顔で早口に捲し立てる。下手に卑下していると思われるのも申し訳ない。

「ありがとうございます。久々に姉に会って、いい刺激をもらったんです」

 その回答は萩野先生のお気に召したらしく、そこから姉についてあれこれ質問され、それをかわしながら着替え、今日の業務に取りかかった。

 その日の晩、二日連続で早く帰ってきたからか大知さんの帰りはいつになく遅かったので、土曜日の件をなかなか切り出せずにいた。

 先にお風呂に入って出ると、大知さんが自室にこもっているのを確認し、お茶を淹れる準備に取りかかる。

 こうやって部屋を訪れる口実をわざわざつくらないと話しかけられないなんて、妻としてはなんとも情けない。でも邪魔だと思われたくないし。

 片手でトレーを支えて慎重に彼の部屋のドアをノックしようとした。ところが、誰かと電話中だと気づき、その手を止める。

 出直そうかと思ったが中から聞こえる大知さんの声に体が硬直した。

「だから……万希は……」

 電話の相手は、お姉ちゃん?

 心臓がドクドクと存在を主張するかのように激しく鳴りだす。反対に息を潜めて気配を消し、中の会話に全神経を集中させる。

「大きなお世話だ。だいたい万希は昔から……見合いのときだって、千紗に余計なことを言って……」
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