【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ


【side叶兎】





“『…だって…叶兎くんのこと、大好きだから』”



あの時胡桃はそう言い残して、瞼を閉じた。



「──胡桃!?おい、胡桃!!」



必死に名前を呼んでも返事はない。

握っていた手からは力が抜け落ちていて、血の気が引いていくのが分かった。

俺の声も、呼吸も、全部が焦りに押し潰されそうになる。



今まで誰かにこんな声を向けたことなんて一度もなかった。

普段なら冷静に判断できるのに、今はただ頭が真っ白で。



「……っ、春流!治療は?!」



春流は必死に治癒を続けているけど、その額にも焦りがにじんでいた。

思わず声を荒げて叫んでしまい、凪が俺の肩に手を置く。



「落ち着け!」



その声にハッと我に帰るけど、焦りが治まる事はなかった。



「無効化が強すぎて……時間がかかる!」

「っ……くそ……こんな時に無効化が…」



俺は胡桃の頬に手を添え、呼吸を確かめながら必死に名前を呼び続ける。


もうすぐ救急車が来てくれる筈だけど、どうしてもこの手を離したくなくて。

胡桃の指先は温かくて、その温もりだけがかろうじて俺を正気に繋ぎ止めていた。








救急車が到着して病院に搬送された後も、俺はずっと胡桃のそばにいた。



夜の病室は静かで、カーテンの隙間から覗く街灯の光が、白いシーツに淡く落ちている。


俺はベッドの脇に深く座り込み、胡桃の左手を両手で包み込むように握りしめたまま、眠り続けるその顔をじっと見つめていた。



「……やっぱりいた」



不意に背後から声がして顔を上げると、病室のドアのそばに秋斗が缶コーヒーを二つ手に持って立っていた。


足音を立てずに静かにこちらへ歩み寄ってくると、冷えた缶を一つ俺に向かって差し出してくる。

反射的にそれを受け取ると、金属の冷たさが手のひらからじんと腕へ伝わってきた。



「他人のことであんなに取り乱すなんて、珍しいな」



秋斗の言う通りだ。

他人のことに対してこれほど感情を剥き出しにして取り乱すなんて……珍しいどころか、俺の人生で初めてのことだった。


俺は小さく深く溜息を吐き出し、膝の上の缶コーヒーに視線を落としたまま口を開く。



「…もし、目を覚まさなかったらって………。」



秋斗の目が見開かれるのが分かる。

……こんな姿、誰にも見せるつもりなかったのに。


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