【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
「俺が護るって言ったのに……全然ダメで…」
拳に力を込めると冷たい缶がわずかにへこんだ。
しばらくの沈黙のあと、秋斗は静かに口を開いた。
「……叶兎でもそんな顔するんだな」
「俺は…みんなが思ってるほど完璧でも強くもないよ」
いつもは周りにそう見えるように、強気な生徒会長として振る舞っているだけで。
今の俺にはもう、そんな虚勢を取り繕う余裕なんて一ミリも残っていなかった。
「…別に普段から弱音吐いたっていいだろ。俺もWhite Lillyの奴らも、お前の事完璧人間だなんて思ってねぇし。もっと、他人を頼れよ。」
胸の奥に、じんわりと熱が広がる。
ずっと張り詰めていた何かが、少しだけ緩んだ気がした。
「…年下の癖に、生意気」
「そんな俺を仲間にしてくれたのは、叶兎だろ」
その言葉に、脳裏にふいにあの日の光景が蘇る。
──夜の公園。
まだ幼かった頃。
体を小さく震わせながらも見知らぬ学生を庇って、不良たちの前に立ちはだかっている男の子がいた。
勝てるはずもないのに、退く気配すら見せずに。
「大勢で年下いじめて遊んでんじゃねぇよ」
放っておけなくて、気づけば俺はその輪の中に足を踏み入れていた。
身体強化の能力を使って数分後には群がる不良どもを完璧に叩きのめして追い払い、その子は荒い息を吐き出しながら、驚いたように俺を見上げてくる。
「…ありがとう。俺九条秋斗。お前、名前は?」
「……赤羽叶兎。」
「叶兎…お前、めちゃくちゃつえーんだな!」
当時の秋斗は子供の純粋な瞳で俺を見つめてきて、思わず目を逸らした。
「…この辺り、危ないからうろつかない方が良いよ。じゃあね」
立ち去る俺の後ろから、呼び止めようとする秋斗の元気な声が聞こえていたけど…助けたのだって単なる俺の気まぐれだし、喧嘩が強いのだって自分が持つ吸血鬼としての能力のおかげに過ぎない。
面倒な人付き合いを増やすのも嫌だったから、俺は一度も振り返らなかった。
どうせ、もう会うこともないだろうと思ったから。
でも数年後、White Lillyを結成した時、秋斗が俺の前に姿を現した。
『赤羽叶兎』という名前の噂を街で聞きつけて、わざわざ飛んできたらしい。
何年かぶりに再会した時の秋斗の瞳は、あの夜の公園の時と変わらない、まっすぐで強い光を宿していた。
── 過去の思い出に口元を微かに緩めながら、俺は俯いたまま、ベッドの上にある胡桃の温かい手をもう一度ギュッと強く握りしめた。
この温もりを二度と失わないと、心の底から誓いながら。