【完】総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅰ
天音くんと別れてから、夕日が完全に沈んで辺りが暗闇に包まれるまでは、本当に一瞬のことだった。
西の空が赤から紫へとゆっくり色を変え、気づけば街灯の光がぽつりと並木道を照らしている。
校舎から寮へ続く道は昼間の賑わいが嘘のように静かで、風が木々を撫で枝と枝がかすかに擦れる音だけが夜の空気を震わせている。
寮の入口付近の並木道を歩いていると、木陰の方から誰かの声が聞こえてきた。
「……はい。……あの、俺の仕事ってもう終わりましたよね。……そろそろ喝入れてきてもいいですか? ……いや、今の二人見てらんないっていうか……」
……この声、飛鳥馬くん?
誰かと電話してるみたい。
でも……その声や話し方は、普段私が知っている飛鳥馬くんのものとは少し違っていた。
いつも学園で見せる、柔らかい印象とはまるで違う。
どこか落ち着いていて、大人びた……まるで年上の人が纏うような重厚な風格すら感じられる。
別人のような雰囲気に、私は思わず足をとめて息を潜めた。
胸の鼓動がドクンと跳ね上がるのを感じながら、足音を殺してそっと後ろから近づいていく。
「……はい。ありがとうございます。麗音さんこそ、期待するのはいいですけどちゃんと彼のキャパを考えてあげてくださいよ。……はい……報告は以上です。」
麗音……それは、私の父の名前。
飛鳥馬くん、私のお父さんと話してる……?!
今、“仕事”とか“報告”とか言ってたけど……。
頭の中が疑問でいっぱいになり、思考がまったく追いつかない。
そんな私を置いて置くように電話を切って携帯を閉じた飛鳥馬くんの背中に、我慢できずに思わず声をかけていた。
『……飛鳥馬くん?』
飛鳥馬くんはぴくりと肩を揺らし、ゆっくり振り返った。
驚いたように目を丸くして、数拍の間を置いてからふっと微笑む。
「……びっくりした。胡桃か。」
『あっ、ごめん!脅かすつもりじゃなくて……』
飛鳥馬くんは胸を撫で下ろし、ふうっと短く息を吐いた。
「……僕、他人の気配には敏感な方なんだけどな……胡桃が純混血だからかな。」
独り言のような呟き。
何かを確かめるような声色に、私は思わず眉を寄せる。
『飛鳥馬くん、誰と話してたの?』
「ん…?あぁ、ちょっと……上司と?」
曖昧な返答。
そして、あえて視線を逸らすような横顔。