私を、甘えさせてください
夕方、彼の家に、必要なものを一緒に取りに行くことにした。

スーツや靴なんかは代替がきかないから、3セットほど揃えて家を出ようとした、その時。


「美月、後ろに隠れて!」


彼が、急に私の前に立った。


「拓真、何やってるんだ?」

「しばらく帰らないから、服を取りに来た」

「ふぅん。ん? 女か」


その声の主は、私の気配を感じたらしい。

この声・・。


「へぇ。今度はどんな女だ? 俺にも紹介してくれよ」

「断る」

「ま、そのうち会わせてもらうさ。ところで、優は来てるか?」

「いや」

「おまえの後ろにいるのは、優じゃないよな?」

「違う」

「なんだよ、あいつまたダンナに囲われたのか。チッ」


苛立ちを隠さない声の主は、まるで自分の家のように靴を脱ぎ、リビングに向かって行った。

優・・そうだ、この声はあの時の・・。


「行こう」


彼に背中を押されて、外に出た。

私のマンションまでの道を、手を引かれながら無言で歩く。


さっきの・・。

顔は見えなかったけれど、私が拓真だと勘違いしたのは、おそらくあの男性だ。


拓真はあからさまに嫌そうな態度を取ったし、私を会わせないようにもした。

見られたら困るのか、見せたくなかったのか。

話していた感じからいくと、男性の方が立場や年齢が上な気がした。


「あいつ・・さ」


彼がボソボソと話し始める。


「さっき・・の?」

「うん。実は・・俺の兄貴なんだ」

「えっ?」

「ただ、ちょっと訳アリで・・。聞いてて分かったと思うけど、仲悪くて。
仲悪いっていうか、俺、兄貴に相当嫌われててさ」

「うん」

「嫌なところ見せて、ごめん」


彼を苦しめているのは、お兄さんの存在だったのか・・。

ずっと私のところにいたいと言ったのも、そのせい?


少しずつ、分からなかったことがつながっていく。

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