くたびれOL、魔王様の抱き枕を拝命いたしました!?
 遮光効果はほとんど無いカーテンの隙間から射し込む陽光。

 夏の朝日の眩しさに、ベッドに横になっていた理子は身動ぎする。
 薄い上掛けを手繰り寄せて、理子の意識は徐々に覚醒していく。
 ゆっくりと目蓋を開いて、暫く木目の天井を眺めた。
 此処は何処だろうか。霞がかって呆けた思考のまま、理子は室内を見渡した。

「あれ……そうか、宿屋だっけ」

 腕を伸ばした先には温もりは無く、久しぶりに一人で寝ていた事を思い出した。


 お盆休み三日目。

 美味しい家庭料理が自慢の宿一階の食堂。
 今朝の朝食メニューは、魚のすり身を団子にしたスープ、サラダ、オムレツ、ロールパン、ヨーグルトという一般的な、けれども一人暮らしの理子にとっては豪華な食事が並ぶ。
 魔王城のご飯も贅と料理人の技が凝らされていて凄く美味しかったけれど、やはり庶民的な味付けだと安心して食べられる。

「うーん、美味しい」

 ここに珈琲があればもっと幸せなのに。
 次にこの世界へ来た際に、ドリップ珈琲を持ち込もうか。そんな事を考えていると、二階からツインテールの少女が食堂へやって来るのが見えて、理子は笑顔で手を振る。

「エミリアちゃんおはよう」

 声をかければツインテールの少女、エミリアは理子の手前でピシリッと固まった。

「エミリア、ちゃん?」

 信じられないといった表情で、エミリアは理子を見る。
 固まるエミリアの後ろからやって来た、ウォルトと金髪の青年も動きを止めた。

「ちゃん付けしたら駄目かな?」

 思った以上のエミリアの反応に、理子は眉尻を下げた。
 もしや、低い背丈と控え目な胸元のせいで、何時も実年齢より幼く見られているのかもしれない。
 ちゃん付けをしたせいで、彼女の自尊心を傷付けてしまったのか。

「駄目じゃないけど、何か、その、子ども扱いされているってか、あの」

 しどろもどろで、目を泳がせるエミリアの頬がほんのり赤く染まっていく。

「ぶふうっ! エミリアちゃんって柄じゃないからな」

 理子とエミリアのやり取りに、後ろに立つウォルトが堪えきれず吹き出した。

「おい、ウォルト、笑うなよ」

 そう言う金髪の青年も、ププッと笑いを噛み殺している。

「ちょっと!!」

 戸惑いの表情を浮かべていたエミリアの目が吊り上がり、頬が違う意味合いの赤へと染まっていく。

「ウォルト! テオドール!」
「エミリアちゃんっ落ち着いて」

 男二人に飛び掛からんばかりのエミリアを、椅子から立ち上がった理子は慌てて静止する。

「私が余計なことを言ったから、ごめんね」

 素直に謝れば、エミリアはフンッと横を向いてしまった。

 横を向いたエミリアは照れたのか、耳まで赤くなっていたのが可愛い。
 大人しくなったエミリアは、何故か理子の隣に座る。
 理子の向かいには、耳が隠れる程度のさらさらの金髪、青色の瞳の涼しげな目元の魔王様とは真逆な爽やかな青年が座った。

 青年は、理子に向かってニコリッと微笑む。女子が憧れる王道な王子様といった美青年だ。
 隣に並ぶのが厳つい黒髪短髪のウォルトのせいか、金髪の青年がキラキラ輝いて見えた。

「おはよう。君が、リコ?」

 高からず低からず、よく通る声に不覚にも理子の胸がドキッと高鳴った。

「あ、はい」
「俺は、テオドール。ウォルトとエミリアと一緒に旅をしている冒険者だ」

 朝日に照らされた青年の髪がキラキラ煌めく。
 眩しくて目を細めた理子に、テオドールは優しく微笑んだ。



 ***



 町外れに建つという古代の遺跡。

 地図上では近くに思えたため、理子は歩いて行くつもりだった。
 その事を朝食を食べながら、テオドール達に話すと呆れ半分で驚かれてしまった。
 町外れの遺跡といっても、小高い丘の上にあるらしく徒歩では半日はかかるらしい。

 しかも、魔物も出るという。エミリア曰く「雑魚よ! 雑魚!」らしいが。
 一般人の理子からしたら、雑魚でも魔物との遭遇は死活問題になる。
 偶然にも領主からの依頼で遺跡を調査しに行くという、テオドール達に観光乗り合い馬車があることを教えられ、無理をせずに馬車で向かうことにした。

 観光乗り合い馬車は、馬とロバの中間の様な動物二頭が牽く大型馬車で、理子達を含めて十五人の観光客が乗り込んだ。

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