石を喰む人魚の歌
 夜になり、嵐がやってきた。それにも関わらず妹は十五歳の誕生日の夜だからと主張して、海上へと向かって行った――。



「あの人のそばにいたいの」

 嵐の夜を越えた朝。妹は父王に懇願した。もちろんそれは即座に却下され、私たちも涙を流して彼女を止めた。

「それでも。それでも私は、あの人のそばにいたいの」

 馬鹿な妹。人間の男となんて、結ばれるはずは無いのに。

 止められれば止められるほど彼女は頑なになり、そして魔女の力を借りて人の姿になった。あれほど綺麗な声と軽やかで心地よかった歌を奪われ、代償として得たのは、歩くたびに苦痛を生じる二本の足。

 馬鹿な妹が愛したのは、愚かな男だった。

 誰に助けられたのかも理解をせず、別の女を思い込みから愛した、愚かな男。

 もどかしい思いを抱えたまま、私たちは見守るだけ。誤解と規制で歪んだ関係は破綻をきたし、結果、妹は泡となって弾けて消えた。

「六の姫……!」

 悔しくて、余りにも愚かしくて怒りがわいた。男にも、妹にも。

 父王はそんな私を見て、この海を去って別の場所に行くことに決めた。海に眠る遺跡はいくらでもある。海の世界を統べる父がこの海域にこだわる理由も無い。いや、こだわらないようにするために、この場所から離れることを決めた。

 私たちが去ったあと、海の住民に見捨てられた海は荒れ果てた。一方、妹ではない人間の女を選んだ愚かな男は、彼の地を統べる王となった。だが荒れた海を御する力は無く、やがて彼の地は捨てられて海に飲み込まれていった。

 そしてそれから時が経って……。

 私は久し振りにこの場所に戻ってきた。長く続いた父王の代は終わりを告げ、今は一の姫が女王となって海の住民をまとめている。伴侶を得て、それぞれの家庭を築いている姉さまたちと違い、私はひとり気ままに様々な世界の海を渡り泳いでいる。ここに来たのはあの時以来だ。

 当時喰んでいた遺跡は崩れてもっと深い海の底に沈み、あのとき地上だった場所が入り江となって、新たな遺跡が眠っている。そう。当時お城だったものが。

 どんなに歯がゆい思いをしても、決して海の住民が立ち入ることの出来なかった城の中を今、私は泳いで巡っている。気紛れに石を引っ掻き口の中に放り込む。そこに染み込んだ人々の思いが一瞬だけ揺らいで立ち上り、私の中で消化され、最後は気泡となって口から吐き出される。

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