死んだはずの遠藤くんが教室に居る話
 
 
 カバンの中のノートを確認して、僕は朝7時に家を出る。

「まだ早いでしょう。学校開いてないわよ、お弁当もできてない」
 後ろで騒ぐ母親に「大丈夫」って言い残してから、夏の朝の空気を満喫した。

 これから気温が上がるけど、まだ蒸した様子もなく爽やかな風を受けて小走りで移動する。いつもより1時間早いだけで人通りも少なくて違う景色を感じた。

 ふーっと信号待ちで長い息を吐きながら、僕は校門が開いてますようにと祈って学校へと向かった。

 祈りが通じたのか校門も生徒玄関も開いていて、遠くから野球部のランニングの姿を見つけた。

 生徒玄関から教室まで誰とも会わず、いつも騒がしい声が聞こえている学校内は静まり返っていて少し怖いくらいだった。
 教室に入ると当然誰もいなくて、僕は窓を開けて涼しい空気を入れる。

 自分の席に座って白いカーテンを揺れるのを見て、どうして学校のカーテンは白いのだろうと考える。

 平和な悩み。

 カバンからノートとペンケースを出し、動く波イラストみたいな細かい幾何学模様にシャーペンでまた細かく付け足す。

 すると

「完成したの?」と、遠藤くんが自分の席に座って僕に声をかけた。

「あと10秒で仕上げて完成」
 僕はシャーペンを机に置き、ノートを遠藤くんの机に置いた。

「凄い上手」
 感心しながら遠藤くんはノートを見てそう言ったから、僕は恥ずかしくなる。

「約束覚えていてくれたんだ」
 遠藤くんは目を細くして、ノートの隅々まで見ていた。

 僕が遠藤くんとしていた約束。
 趣味のヒマつぶしでノートに書いていたイラストのような細かい迷路を遠藤くんが見つけて、完成したら迷路を解かせる約束をしていた。

「迷路というよりアートだよね」
「凝り過ぎて、もう迷路どーでもよくなってくるわ」
 僕が笑うと遠藤くんも笑ってくれた。

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