策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「独り言」

 なにをおっしゃいましたか、ちゃんと聞こえていましたよ。子守りだなんて、ひどいんだから。

「卯波先生、話を脱線させてます」
「言うようになったな」

 意外だって顔が少し微笑んで、真顔に変わった。
 卯波先生でも、表情がころころ変わるんだ。

「宝城が裁量を任せてくれて、自分で動ける範囲が広いから、自分らしく伸びのびと働けている。信頼してくれている宝城には感謝しかない」

 とっても誇らしげな顔で嬉しそう。男友だちっていいね。

 院長は、繊細な卯波先生が最大限の力を発揮して、自分らしくいられるように想ってくれていることが、傍目にもわかる。

 広い公園をゆっくりと散策し、夕食をとって卯波先生のマンションに帰宅した。

「ソファーに座っていろ」と言って、いつものように飲みものを持って来てくれたり、あれこれ世話を焼いてくれる。

「ありがとうございます」
「ゆっくりしよう」
 卯波先生が、私の隣に腰かけた。

「自分の思い通りに、自分のルール通りにしたい。ペースを乱されるから他人にされるのが嫌。そうなんですか?」

「もし、その性格だったなら、誰とも結婚をしたいとは思わない」

「それもそうですね」
「桃のことが好きだから、いろいろとしたい。ただ、それだけだ」
 純粋な瞳で見つめられたから、目を伏せる。

 好きでしてくれているのに、そんな風に考えてしまった自分が申し訳なく思ったから。

「卯波先生の想いを頭で考えもしないで、軽はずみなことを言ってしまって、すみません」

「なんとも思っていない、気にするな。落ち込む時間がもったいない」

 膝に置いた手を、そっと握ってくれる。
「本当に?」
「本当だ」
 語尾が少し弾んだから、私の心が軽やかになった。

 ふと会話が途切れ、物音ひとつしない静寂が舞い降りた。

「天使が通りました」

 卯波先生の顔を見てにっこりして、また会話をつづけようとしたら、言葉が返ってきた。

「美しい天使がそばを通ったから、つい相づちを忘れて見入ってしまった」

 卯波先生が控えめに上げる口角を、恨めしそうに見つめる。

「もし街中で、他の女の人を見入ったりしたら許さないです」

「見ない。それよりも、天使に焼きもちを妬いているのか?」
 呆れたように聞くけれど、嫌なものは嫌なの。

 どうして嫌なのかって、ああでもない、こうでもないって訴える私の言い分を、じっと聞いていた卯波先生が、タイミングよく口を開いた。

「もう一度、天使を通してやれ」

 安らいだ顔の卯波先生が、私の頬を撫でて沈黙の中でじっと見つめる。

「今、また美しい天使が通った。天使は、無言のタイミングに、急接近するスマートな子だ」

 そう言いながら、天使に負けない美しく端正な顔が近づいてくる。

「卯波先生、あの」
「しっ」
 私の唇に卯波先生が、そっと人差し指をあてる。

「女性は、お喋りを好意の証とするが、沈黙は男をリラックスさせるサービスだ」

 見つめる熱い眼差しに身動きが取れず、見惚れていると、リラックスした柔らかな唇が私の唇に降り注がれた。

「もう天使を見ないで」
「見ないよ」
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