策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 束の間の休息時間に、焦点の定まらない視線で、ぼんやりしていたら、院長の声が聞こえてきた。 

 私の全神経が、急に注意深くなる。

「ラゴムは、新人の将来的な成長を優先するために、あえて時間がかかっても、みずからで解決策を模索させる方針なんだ」

 話のつづきを促すような視線を送ったのが、院長はわかったみたいで、つづきを聞かせてくれる。

「自分で考えないで指示されたままに動くと、いつかやらされてる感が出てきて理解も納得もできなくて、やがて自信を失う」

 え、不安になってきた。

「そんな顔すんな。理解して行動すればいいだけだ、そうすれば納得する。シンプルに考えろ。だから、わからなければ聞けよって言うんだ」

 大丈夫だよって顔が言っているみたい。だって眩しくなる笑顔だもん。

「いずれにせよ、仕事に自信を持ち始めると徐々になくなっていく類の話だ。そのときまでは、見守りながら気長に構えるよ」

 リラックスした姿が、言葉に嘘がないことを証明してくれる。

「俺たちの、この心構えが緒花に対して一番大切なことだから」
「ありがとうございます」 

 院長は坂さんの言う通りだ。ラゴムに入職できてよかった。

「院長は初診の猫に、診察室に入った途端に撫でるとかしませんか?」

「どんな性格の子かわからないから、むやみやたらには手を出さない」
 院長もそうなんだ。

「緒花が納得するなら、初診だろうが撫でてみたらいい。自分で考えて行動して理解するんだよ」

 少し前屈みになり、つづけてアドバイスをしてくれる。

「危険な目には遭わせないから、思うようにやってみろ」
 自信につながるほどの満面の笑みを向けてくれる。

 受付にいた坂さんが、足早にスタッフステーションに来た。

「緒花さん、問診お願い。メイはオーナーに抱っこされてると、気が大きくなって噛みつくから気をつけて」

 カルテを渡されて、診察室まで歩きながら坂さんがそっと教えてくれる。

「わかりました」
 チワワのメイ、七歳の女の子か。

 診察室に入り、名前を呼んで診察室に招いた。

 オーナーに抱っこされて、診察室に入って来たメイは(うな)るでもなく、体重も体温も測定できた。

 こんなにおとなしいチワワが、噛みつくのかなと不思議に思いながら、問診を済ませて院長を呼びに行った。

「目の赤みと涙は変わらないそうです」
 カルテに目を落としながら、ゆっくりと歩く院長に歩調を合わせて報告する。

「ありがとう、いっしょに診察室に入って来てて」

 あとについて入ると、院長がオーナーに話しかけ、診察台の上のメイはオーナーに飛びつくこともなく震えることもなく、おとなしい。

「今から診察しますね。メイちゃん、甘えちゃうので待合室でお待ちください」

 院長の言葉に、オーナーが出て行くけれど、メイは、くんくん鳴くとか落ち着きがなくなるとかなく、じっとしている。

「保定して」の院長の言葉に、保定をしても噛みついてこない。

 これで? 本当に? 噛みついてくるなんて嘘でしょう?!

「メイってオーナーに抱っこされると、気が大きくなって噛みつくんですか?」
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