策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 昼休みになると、院長がオペ室に連れて行ってくれた。なにがあるの?

CAST(オスの去勢)のオペ、見学するか?」
 さらりと軽く聞いてくる。

「したいです」
「冗談で言ったのに本気かよ?」
 目を白黒させている。

「ぜひ見学させてください」
「見学させていいか?」

 院長が声をかけるそばから、淡々とオペの準備を進めている執刀医の卯波先生が「かまわない」って。

 お好きにどうぞって感じの口調で、顔も向けずに事務的に。

 手術台の上で大の字になって眠っている子。名前はチャロ、生後七ヶ月の猫。

 麻酔をかけられるか、事前に全身状態を血検で調べたチャロは健康そのもの。

「教えてあげながらオペしてくれ」
「ああ」
「あとよろしく、オペ入る前に食べちゃうわ」
 院長がオペ室をあとにした。
 
 テキパキ動き回りながら、教えてくれる卯波先生の動線を邪魔するのが一番ダメ。

 まるで弾をよけるように、うしろをついて回って、遠慮がちな目つきでこっそり盗むように視線を投げて伺う。

「湿布ありがとうございます」
「痛みは?」
「おかげさまで、だいぶ楽になりました」

 卯波先生が、私の声に返事のしるしで頷き、痛みの話題を流すようにオペの話に戻した。

「チャロは、七分ほど前に注射の麻酔を打ち、眠っている。ガス麻酔に切り替える」

 卯波先生が、チャロにガスマスクを装着しているのを、興味津々で見学。

「モニターを見ながら、呼吸のリズムを確認する」

 教えてくれながら、手はもうチャロの局部から周辺をバリカンで刈り、ハンドクリーナーできれいに吸い取り消毒している。

 テキパキ動いていた卯波先生の動きが止まったから、準備が整ったみたい。

「始めます、お願いします」
 嘘でしょ、卯波先生が私に敬語。

「どうぞ、いつでも」

「オペを始める合図だ、緒花くんもお願いしますでいい」
 ちょっとほんの少しだけ肩が揺れて、声が震えていたのは笑ったよね?

 言葉を柔らかく受け止めて一拍おいて、ぐっと押し戻すような答え方だったから、笑いを耐えてから喋った?

 お願いしますの合図を覚えて、いよいよオペが始まった。

「持っていらっしゃるのはなんですか?」
「メス」
「これがメスですか?」
 かみそりの刃みたい。

「これもメスだ。いずれ緒花くんも、オペを直接介助をする、器械出しをすることになる」
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