策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 立ち上がって「お疲れ様です」と声をかけたら、「お疲れ」と、ちらりと上目遣い。

 今のは、私を見たのか見てないのか。

 院長は、談笑をそのまま引きずった笑顔で卯波先生に「お疲れさん」と声をかけて、そのあと「緒花相手に笑わされて」って。
 そのひとことは余計だと思う。

「三時か」
 卯波先生のうしろにある時計も、目に入る院長がぽつりと呟く。

 ラゴムの昼休みは、十二時から十六時だから、もう少し休める。

「昼休みが長いってオーナーからの声があるけど、これだけ時間をとって、俺たちは昼寝をしてるわけじゃないもんな」

 院長のぼやきは、よくわかる。

 この時間を使って、まずは第一にオペを施して、そのあと各検査。そこまで済ませて、やっと休憩に入れる。

「六月いっぱいまでは、狂犬病ワクチン予防注射とフィラリア投薬で、病院は大混雑する」

 卯波先生は、しっかりがんばれみたいな、キリッとした顔と口調。

 私に向けて言っているよね。顔は私を見ていないけれど、混雑ぶりを知らないのは私だけだもん。

 院長は卯波先生の言動を見て、「大丈夫。緒花は、できるから気にすんなよ」って言ってくれる。

「ワクチンの隙間に、別の予約が入ってるから、スケジュール表が真っ黒だ」

 またキリッとした院長の口調と顔。今のは大混雑ってことを、もう一度強調したのかな。

「ありがたいですよね。それだけ動物のことを想ってくれてるオーナーがいるってことですから」

「よかったな。卯波の前で、まともなことが言えて名誉挽回」

「そうして、緒花くんをからかうな」
 からかってくる院長を、ちゃんと止めてくれる卯波先生好き。

「午前中の予約が押して、本来の昼休みの時間になっても、診察が途切れないこともあるしな」

 くつろぐ院長が、どこか遠いところを眺めている。

「それが済んでからオペや検査があるから、どうしようもなく忙しいと、休憩二十分とか最悪なしとか」

「院長、タフですよね、卯波先生も。私、お腹ぺこぺこになります」

「俺たちがやるしかないだろう、俺たちの代わりはいないんだ」
 卯波先生に真剣な顔で返された、怖っ。 

「感心したんです、タフだから」
 さっきは言われっぱなしだったから、自分の気持ちを伝えた。

「オペのときに言った言葉を忘れたのか。馬鹿にされているようだ、言葉に気をつけろ」
 イライラしちゃって、タフって言って、なにが悪いの?

「卯波、そんなに厳しく当たるなよ。オペ中も、なにか言ったのかよ」

「緒花くんの言葉も言い方も軽すぎるから」

「俺たちが、教えてあげれば済む話だろ。まだ二十歳そこそこなんだよ、これからの人間なの」

 院長が説き伏せようとしてくれて優しい。

「カリカリ、ピリピリ、お前はスパイスが効いたベーコンかよ」
 体にもだし、精神衛生上にもよくないよね。
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