策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「腹が減ってんだろ、ほら食えよ」

 オーナーからの差し入れや退院時の菓子折りを、院長が卯波先生の前に広げて差し出す。

 卯波先生は、少し甘いものを摂ったほうがいい。
 チョコをつまんでいるのを見て、ひと安心。

「ちょこちょこつまんで、帰るまで空腹をしのぐげるから、ありがたいよな」
「チョコと?」

「ちょこちょこと、かけたわけじゃねえよ。緒花は、その口にチョコでも突っ込んどけ」

「ありがとうございます、院長、いただきます」

 卯波先生の口角が、ちょこっと上がったみたいに見えた。

「クリスマスの時期は毎日、六つも七つもケーキの差し入れがあるぞ」

 オーナーたちが、いっせいに差し入れしてくれるのか。今から、にやにやが止まらない。

「四人だから、ひとりひとつか二つですか?」

「六つも七つってのはな、ファミリーサイズのホールケーキだよ」
「そんなにいただけるんですか!」
 想像するだけで生唾ごっくん。

「あああ、嬉しいんですけど太っちゃう」
 ずっと先のクリスマスを待ちわびちゃう。

「太らないんじゃなくて、太れないよ。どんなに食べようが」
「どんなに食べようがですか?」

「嬉しそうな顔ができるのも、今のうちだけだ。仕事で動き回るから、食べても食べても体重が増えない」

 一年中忙しいのかな、中でも春は特別っぽいね。

「緒花のパンパンの太ももは、太る気満々だよな。食べたものは、すべて太ももに集まる」

「宝城の言うことは気にするな」
 院長がからかってきたら、卯波先生がたしなめてくれる。

 エベレスト級の、高いプライドさえ刺激しなければ、きつい言葉を投げかけてくることなく、優しくフォローしてくれる。

 今みたいに卯波先生がきついと、院長が優しくフォローしてくれる。
 二人のコンビネーションが絶妙。

「卯波も動物を助けたい、早く元気にしてあげたい一心だからな」
 
 だから緒花、卯波の気持ちも汲み取ってやれよって、院長が私に厳しい卯波先生をフォローしているのもわかる。

「想いを胸に、今できる最善の努力をすべて出し尽くし、全身全霊を傾け、日々を一心に励んでいる」

 クールな卯波先生でも、動物のこととなると熱くなるんだ。

「俺も坂さんも緒花もだ。スタッフ全員おなじ気持ちだから、ラゴムはいつも混雑してるんだよ、みんなのおかげだよ」

 院長って、いつもみんなに感謝を忘れないで、いい人。

「ただいま帰りました、みなさんお揃いで」

 ランチから帰って来た坂さんが加わって、動物についての談話が弾む。

 そのうちに、どこのランチがおいしいとか安いとかの話題も出てきて、ひとしきり盛り上がる。

 ちらりと卯波先生を見れば、盛り上がる三人を、安らいだ穏やかな目で見守っている。

 卯波先生の特別な表情を、私だけが見られて得した気分。

 あんなに優しい目ができるんだ。一度でいいから、面と向かって、今の瞳で見つめてもらいたいな。

 どんな気持ちがするのかな。
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