策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「卯波のことは、センターにとっても喉から手が出るほど欲しい逸材だ」
 わかる、わかる。院長の言葉に何度も頷く。

「卯波は、少人数のほうが性に合うから、親父さんからの要請を引き受けなかった」

 ラゴムの卯波先生は生き生きしていたもんね。大きな病院は、そっか。

「分院は、卯波にとってラゴムのように働き易く、やりがいもある。これ以上ない環境だから引き受けたんだよ」

 それなら、プレーゴでもラゴムと変わらずだね。

「毎日、会ってた院長と会えなくなって、卯波先生寂しがってるかな」

「俺じゃねえよ、緒花に会えなくてだろうよ」
「そうですかね」
「考えるな、そう思い込め」

「近い将来、先祖代々の家を守るために、私たちが入ることになるんですよね」
「卯波は長男だしな」

「自信がないんです、釣り合わないし。卯波先生のご実家で、これ言ったら卯波先生ったらカリカリして」

「今までもあったから。彼女が尻込みされちゃって、ダメになったことが何度か」
 別れるときに、そんなようなことを言っていた。

 院長、いつもだったらカリカリする卯波先生のことをちゃかすのに。
 ダメになった、卯波先生の傷んだ心を想ってくれているんだ。

 それほど卯波先生は、つらい想いをくり返したんだ。

「卯波先生のお母様が、卯波先生をなだめてくださいました」

「前にも言ったよな、卯波んとこの親父さんもおふくろさんも庶民的だから、なんの心配もいらない」

 誰よりも一番、卯波先生のことをわかっている院長の言葉。
 いつも安心させてくれる心強い院長の言葉。

「ついでに一番上に部屋作っといて。午前中にあずかりで処置しちゃう子がいるから。帰宅は夕方」
「はい」

「卯波家は緖花の味方だよ。心構えも覚悟も徐々にできていく。ある日、突然、人生が一変するわけじゃないから焦るな」

「院長、ありがとうございます」
 いつも馬鹿を言い合う仲だけれど、改まって言いたくなった。

「今まで見てきて、卯波には緖花が合ってる。どこがと聞くな、理屈じゃないんだ」

 たしかに、人には説明がつかないことがあることを、卯波先生の能力で知った。

 心理学的な説明がつかない能力だって言っていた。
 分析がどうのこうのなんて理屈じゃないとも、第六感が優れているとも言っていた。

「家柄は卯波には、どうすることもできない宿命だよ。だから、もう卯波には言ってやるなよ」

 卯波先生の気持ちと院長の気持ち、両方をくみ取らないとね。

 大切な人たちを、苦しめたり追い詰めたくない。

「院長、ありがとうございます。卯波先生には、もう言いません。院長には、たまに言うかもしれません」

「俺はいいのかよ」
 言いやすい院長には、つい甘えてしまう。

 今日も忙しくなりそうな一日が始まった。
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